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文庫本読書倶楽部
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大貧帳 内田百間集成5

大貧帳 100 大貧帳 内田百間集成5

内田百間が正)
ちくま文庫
随筆集

投稿人:cave ☆☆ 03.07.01
コメント:小偏屈小貧乏ものは、恐れ入るしかありません


 当欄の投稿数が遅蒔ながら100件を迎えた。100件目だから百間先生というのも、いささか安直ではあるが、まあよろしかろう。さて、私事恐縮ながら、わたしが勤めを辞して一年余が過ぎた。元来、営業や売り込みというようなことができる器用さは持ち合わせていないので、机に向かいつつ注文が来るのをただただ待ち続けているわけだが、この不景気である。めったなことで仕事など来ない。それでもともと無いに等しい貯えをチビチビ食い潰しつつ過ごしてきた。外出すると出費に繋がるので、できるだけ仕事場から出ないようにしているが、それでは考えのタネを得ることもままならない。で、やむを得ず書物に頼ることとなる。百間先生の、「金が無い」ことについて書いた随筆を集めた『大貧帳』が文庫版で出たのは知っていたので、ここは「小貧乏」のわたしに、金欠を笑い飛ばせるような屁理屈を伝授していただくかと、手に取ってみた次第である。

 いや、しかし凄まじい。複数の学校で教鞭をとり給料を得、また文筆の大家だから原稿料や印税の収入もある。にもかかわらず、借金、借金の嵐である。われわれ「小貧乏」からみれば、立て直しの仕様は数多くあると思われるのだが、先生は断固、自分のポリシーを貫かれるのである。もっとも先生、「私などはお金はなくても腹の底はいつも福福である」と豪語なさっておられるのであるから、そんな輩には高利貸も容赦はしない。そのくせ、初夢にまで借金取りが登場してきたり、質屋に入ろうとして知りあいに見咎められないかを極度に怖れたりという、シャイな部分も持ち合わせておられるから、面白い。

 先生は、「お金」というものの本質を様々な観点から理屈付け、自分が正義であることを力説する。そしてその理屈に準じて行動する自分の姿を、客観的に眺めるように綴り、そして、笑うのである。貧乏をこのような愉しみに変えることができるのは、それを優れた原稿に変える能力を持つ、文筆家の文筆家たるところなのかもしれないが…。電車賃が無いので月払いで済む人力車で通勤し、徒歩の主任に誤解される。町会の割当慰問袋の金が工面できず、質入れして購入するが、ちり紙代にも事欠き、慰問品のちり紙をくすねる。家庭用ガス代が払えず、十銭投入すると時間分だけ使用できる装置に替えられてしまう…などなど。『大貧帳』では、金が無いことについて書いた随筆が、これでもかと続く。

 しかし「金が足りない」といいつつ、さらなる金を遣って解決しようとする凄さ。どんどん浪費し、また借金で賄うこの生き様。読んでいて、ある程度はフィクションなのではなかろうかと疑わずにいられなくなるのだから、実際先生に金を貸した人間は、それこそ懐疑的にならずにはいられない。その不器用なところに「凡人」読者のイライラは募るのである。「もう、ちゃんとしたらいいのに!」と思わせつつ、気難しさと賢さと偏屈ぶりを前面に押し立てて、ずんずんと進んでいってしまわれるのだ。しかし後に残る、借金に塗れた後ろ姿に滑稽な風情が漂い、これがほんのり愉快。奈落に向かって胸を張って堂々と歩む大先生。この落差が独特の味わいを醸す。恐れ入りました。


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