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106 屈折率
佐々木譲 著
講談社文庫
企業小説
投稿人:cave ☆ 04.02.17
コメント:中小企業再興を題材にしたサクセスものかと思いきや恋愛小説であった |
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長期にわたる不況と金融破綻の中で、日本の中小製造業はモノ作りの技術力でサバイバルを図ろうとして再注目されている昨今だが、本書の舞台は、そんな小規模工場の密集する東京・大田区のガラス工場である。主人公は世界を相手に取引をしていた有能な元商社マン。独立して小さな貿易会社を興したが、それに見切りをつけ、解散の手続きをしている折に、実家の経営する町工場の再建を手がけることとなる。流通の世界のノウハウを熟知した主人公の目から、その対極にあるとも言える「モノづくり」の世界を眺めたかたちで、小規模製造業の実態を認識してゆく構図は、一般の読者にも分かりやすく興味をもって捉えられる。主人公の実兄である現社長のずさんな経営の実態や、彼から経営権を奪うための株主の駆け引きなどが面白い。主人公は当初、工場を再建する気はなく、解散処分する目論見で経営を引き受けるのだが、夜間、工場の窯を借り受けてグラスアートを制作をしていたアーティストと恋に落ち、彼女の影響でガラスへの理解が生まれてゆくというストーリーである。
商社マンが虚業のなかで培ったノウハウが、人的技術力を持ちながら低迷する実業の世界をどう蘇らせてゆくのか、という点が面白かったのだが、途中からガラス工芸作家との恋愛に重心が移ってしまう。このアーティストが発する不思議なフェロモンに主人公が惑わされてゆくというラブ・ストーリーなのであるが、残念ながら、偏屈な元美大生のわたしにとっては、そんな芸術家フェロモンなどそれこそお笑いにしかならないのであった(著者には元広告代理店勤務の経歴あり:人はそれぞれ)。という訳で、後半は、ガラス工場再建に関する内容がどんどん希薄になってしまう。一応、工場再建のための策を成功させつつあるところで終わるのだが、その手法の具体性などは、ずいぶん浅い記述になっている。また、ガラス工場の「手に技術」を持った人間の神業や、現場の零細工場の実環境に関する描写も、もの足りなく感じた。
恋愛小説はほとんど読まないので、あまりよく解らないのだが、読者側の歩んできたスタンスが違えば、たとえば、読者が一般サラリーマンや主人公のような商社マンや、また技術系職人であったりすれば、おのずと違う感想が生まれるものとも思う。わたしの場合はちょっと外したかな?という感じになってしまった。企業冒険小説と勘違いして読んだわたしがいけなかったのだ。でも、この『屈折率』という表題は(その名の通りか)いまいちピンと来ないなあ。
わたしは太平洋戦争を題材にした小説には結構魅かれてしまうタチなので、著者の「太平洋戦争三部作」と呼ばれている、『ベルリン飛行指令』、『エトロフ発緊急電』、『ストックホルムの密使』は、発行順に既読である。いずれも、あるていどの史実に基づいて巧みに構成されており、愉しく読んだことが印象に残っている。むろんフィクションの冒険小説であるので、恋愛のエピソードも重要な位置を占めているが、戦時という緊迫した舞台のスケールのなかでは、そう鼻につくことはなかった。著者の「戦争関連」ものは大好きなのである。次はやはりそちら系の作品を読もうと思う。
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