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108 歩兵の本領
浅田次郎 著
講談社文庫
連作短編小説
投稿人:cave ☆☆ 04.04.23
コメント:「歩兵の本領2004」が読みたい、が、無理か |
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この作品、ぼんやりとだけれど文庫化されるのを待っていたようなところがあって、今月の新刊として店頭に並んでいるのを目にして、その場で購入してしまった。今や超売れっ子直木賞作家の著者であるが、わたしは以前の伝法染みた諸エッセイのファンであって、週刊誌に連載された「勇気凛凛…」シリーズや、幻冬舎アウトロー文庫等に収録の企業舎弟マル暴ギャンブル関連エッセイを貪るように読んだ時期があった。魅かれたのは、そのスピード感と絶妙のペーソス、そしてオチの小気味良さになのだが、なかでも著者が実際に体験した会社整理屋業務と自衛隊入隊中のエピソードをいちばんの楽しみにしていたようなところがあった。一般に知られざる闇世界の内幕を、文章のとても上手なひとに紐解いてもらえるとは、なかなか無いことと、喜んだのである。
そうしてそちらのタイプに慣れ親しみすぎたせいか、その後、次々と出された受賞作話題作を読むと、作品自体は素晴らしいのだけれど、どうも著者像と作品のイメージギャップが強く感じられてしまい、しっくり来なくて困ってしまった。よくもまあこれだけスイートな表現ができるもんだ、と。著者が下戸であるということは前述の諸エッセイで読み知っているのだが、酒呑みには決して表現できないであろう、濃度の高い純愛表現がベタベタに甘い。日本酒度でいえばマイナス10以下である。感動より恥ずかしさが勝ってしまうというか…いったいあの強面はどこへいってしまったんだい。というわけで、著者の小説作品からずいぶんの間、遠ざかることとなってしまった。ようやく文庫化された本作は、高度経済成長まっただ中の頃、著者の自衛隊体験をもとに書かれた連作短編青春小説である。いちおう兵隊の話なのであるから、甘味もいくぶん控えめにならざるを得ないと予想し、また、エッセイで散発的に登場したエピソードも、たっぷりまとめて読めるであろうと、楽しみにしていたのだ。
小説の舞台は著者が入隊していた1970年ごろの陸上自衛隊で、当時の仮想敵はもっぱらソ連である。米ソ開戦となれば、日本は、いの一番に踏み台にされる。崩壊前のこの社会主義大国の脅威は尋常なものではなく、自衛隊の兵力などほんの気休めみたいなものであった。おまけにちまたは高度成長のまっただ中。東京五輪に続き、大阪で万国博覧会が開催され、好景気の企業は求人難。大学では学生運動がたけなわで、就職先に自衛隊を選択するような輩は、よっぽどの変わり者か相応の事情がある者たちでしかなかった。なわけで常に隊員の頭数が足りない(もっともこれは現在でも同様らしいが)。そういう怪しげな若者たちが地連勧誘員の執拗な勧誘で、というかビフテキや免許や資格のエサで釣られて入隊してくるのである。
戦後25年当時の自衛隊は、帝国海軍の成れの果ての特攻兵などが残存し、旧軍の慣習もいまだ根強く残っていて、先任兵は絶対的な優位をもち、理不尽な鉄拳制裁もあった。その世界にふらりと足を踏み込んだいまどき〈当時)の若者たちが直面する精神環境は、おおむね旧帝国陸軍と同じなのである。そこはいちおう軍隊なのだから。ところが平和憲法のもと防御しか許されず、また全国民に認知されているとは言えない、誉れ無き「ヘンな軍隊」の自衛隊だけに、そこここにひねこびた歪みがある。この歪みが滑稽さを生み、世にも奇妙な軍隊生活のニュアンスを醸し出してしまう。情けなくもあり時に凛々しくもある兵士のさま、これが読みどころか。
読了してみると、面白くはあったが、期待していたほどのインパクトを感じなかった。そのわけはどうやら最近の自衛隊の急激な変貌のせいのようである。こちらのほうが断然気になる。湾岸戦争派遣、震災などの災害救助、カンボジアPKО、そして今回のイラク人道支援活動と、その活動領域は広がってきている。環境の変化に連れ、隊員の日常も様変わりしているのだろうが、最近のルポルタージュなどを読んでも、その変化の詳細についてはいまいち良くわからない。鉄拳制裁は消滅したのか? 白兵戦で人を殺せる兵士がいるのか? ヒゲの隊長の能天気な笑顔などを見るにつけ、ますます知りたくなってくるのである。1970年より今が知りたい。アサダ隊員、ゼヒもう一度入隊して続きを書いてくだされ。
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