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文庫本読書倶楽部
115
黒い河

黒い河 115 黒い河

G.M.フォード 著
新潮文庫
海外都市型ミステリ

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 04.10.19
コメント:全編にみなぎる緊張感、ミステリの醍醐味がある


 2004年5月に読んだ『憤怒』の続編。文句無し、非常に面白かった。
 主人公は、かつて捏造記事を書いたことで徹底的に非難され、新聞社を追われて、今はノンフィクション作家となってシアトルの新聞に寄稿している記者・作家である。
 もし、読む気を起こした場合は必ず、『憤怒』・『黒い河』の順に読むこと。これだけは守った方がいい。

 陪審員制度のあるアメリカのミステリには時折りある設定だが、この小説の中で被告人が、陪審員を買収したり脅迫したりして、有罪を免れる、免れようという展開が出てくる。
 この話の中心になっている裁判はやり直し裁判といってよく、前の公判の時の陪審員が被告によってすっかりコントロールされていたので、公判の場所を大きく移して、陪審員も新たに選出し、しかも陪審員の顔が被告から見えないようにして裁判を進めている。陪審員の顔が見えて、被告人の手下がその家族を脅すというようなことが二度とできないよう配慮してのことである。それほどワルの被告人なのだ。
 裁判所側が手を打ってもなお何か手を打ってきそうなぐらい、頭が「悪い方に働く」悪人である被告は、検察側の証人に予定されている人間を、実に簡単に次々と殺してしまう。

 もちろんそれがその被告人の仕業だということを証拠立てて明るみに出せるようにはことが運ばない。冷徹で猛烈に強く、まったく忠実な部下がいて、そいつが下請けのチンピラに殺しをやらせるので、まず被告人が糸を引いているとは知られることがない。下請けが危うくなると別のグループを使ってその下請けを殺してしまう。あるいは多額の報酬を支払って南米に帰らせてしまう。
 そのため、現に裁判の対象になっている犯罪行為も、次々に殺されてしまった証人の殺人事件も、なかなかその被告を有罪にするように持っていけない。これが正義の人々の悩み。
 あいつがやったとわかっていても、証拠がない。生かしておけば、犯罪が止むことなく続くに違いない。このじりじりする展開が、ミステリの持ち味。
 さて、その裁判には、上昇志向の異常に強い検察官が登場する。これまで奴(被告人)を有罪にできなかったのは、これまでの検察官たちが無能だったからだ、俺なら有罪にしてみせる。という次第。前から引き続いて検察側に参加している人間をあからさまに罵る。
 豪語する程度に、彼なりに万全の手を尽くしたので、「今度こそ陪審員が買収されたり脅迫されたりしていないし、手元にいる証人も間違いなく犯罪を立証してくれるはずだから大丈夫」と自信満々。マスコミの話題になっているこの事件で、悪人をきっちり有罪にして名を挙げ、のし上がるきっかけにしようと、もう、これ見よがしの態度で公判に臨む。バリッとしたスタイルでテレビに映るように映るようにして、いちいち演出過多。
 話を面白くするのは、嫌味な頭脳家明晰の被告人であるとともに、のし上がっていこうとしている切れ者ではあるが必ずしも正義の人とはいえない検察官という配置。両者とも読者が絶対に好意を抱かないタイプの人間を配する腕前である。
 こんな奴の思い通りに、この大物被告が簡単に有罪になるのかな? とどうしても考えてしまう。このあたりが小説の技術だろう。それほど嫌味な検察官である。
 うまいもんだ。しかも、その図に乗っている検察官の思い通りに公判が進んでいるのに被告人が全然うろたえていないので、読んでいる方も、これは何かあるなと思ってページを繰る速度が上がっていく。
 陪審員の買収というのが現実にできるものかどうかは別にして、この小説の中では「悪意に満ちた賢い手段」でできてしまうことになっている。大金を用意して超一流の調査会社を利用し、コンピュータを存分に駆使することによって、一つの都市からある条件の十数人は選び出せるもののようだ。被告人は、そうして陪審員全員を買収、脅迫したのである。
 利用するのは調査会社と保険会社だったか、公判中は外部との接触を断たれる陪審員なので、ある期間、一定の年齢の市民で「ホテルなどに隔離されて勤めを休んでいること」などを条件に含めてコンピュータで洗っていく。陪審員に指名される条件を色々盛り込んで調査すると、かなり数を狭めることができて、そこから徹底して一人一人当たればほぼ陪審員を特定できる。もっと細かいんだけれどね。
 と、話はできあがっている。
 そこから、一人一人の買収か脅迫に手をつける。全部が全部うまくいかなくても、有罪にならないで済む。という手を、前には用いたのである。
 この公判の傍聴席で裁判を見ていることを許された唯一の人間である主人公が、新聞記者魂を発揮して、その犯人をコツコツ証拠を探し出して追いつめていく。
 頂上にいる悪人の頭は非常に切れるし、策も実に巧みではあるのだが、脅迫や人殺しという現場仕事をする連中が完全に仕事をこなすのはとうてい無理で、ほころびが出る。そういう小さな証拠の積み重ねで犯人を追いつめていくことになる。バラバラに発生した殺人事件の元をたぐると同じ場所に行き着くことが少しずつ見えてくる。

 出世だけを見つめて調子に乗って公判を続ける検察官は、確かに最後の最後まで被告人を追いつめてはいくのだが、結局はするりとかわされてしまう。
 
 前の話の時に親しくなったカメラウーマンは、別の視点からこの事件を追いかけていて、殺し屋に発見されて追跡され、事故に遭って生死の境をさまようことになってしまった。それを見舞い、なんとか回復を祈りつつ、公判を見に行く主人公。マスコミに追いかけられ、地元テレビ局の美人キャスターに手練手管を使われたり、主人公自身もねらわれる。
 入院中のカメラウーマンを殺さないことには自分の立場がなくなる殺し屋が、動けない患者の部屋の番号を調べ殺しにいく場面など、ミステリを読むハラハラ感があふれていて、読むスピードがどんどん上がってしまう。
 この連作小説は、ミステリファンを魅了すると思う。ミステリの面白さというのはどういうことだろう、どういうのが面白いのだろうと考えている人がいたらこれを読んでみて欲しい。


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