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耳を傾けよ!―87分署シリーズ

耳を傾けよ!―87分署シリーズ 126 耳を傾けよ!―87分署シリーズ
Ed McBain エド・マクベイン 著
早川書房 ハヤカワ・ポケット・ミステリ
警察ミステリ

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 05.11.28
コメント:読み終えないようにゆっくり読んだのに、終わってしまった


 この夏、エド・マクベインがこの世を去ってしまった。(管理人注:2005年7月6日没)
 だから、この本が87分署シリーズの最後になってしまうと思ったのだけれど、翻訳者のあとがきを読むと、もう一冊書いてから亡くなったのだそうだ。

 87分署シリーズはすぐれた警察小説で、この人がほぼ主人公という刑事はいるのだけれど、87分署の全員がそれぞれに事件にかかわり、主題になっている犯罪を追いかける人物が各物語の主人公になるといった感じである。大都会では事件が一つだけということはなく、同時にいくつもの事件が進行する。だから分署にいる刑事たちがそれぞれに事件を担当して動き回るわけだ。この形式のミステリとしては、最高のシリーズだったのに、惜しい。

 ずっと楽しんできた87分署シリーズの中で、何度も彼らの街に現れて犯罪を行い、逃れ続けている男がいる。デフ・マンといい、少し耳の悪い男。こいつが実に頭がよく、警察を翻弄し、からかってバカにするのである。最初にこのミステリに登場したのが1960年の『電話魔』だったと帯にある。事件を起こしてはこの街を去り、しばらくしてまた帰ってくる。読者の私にとっても長いつき合いになってしまった。映画で、この役をユル・ブリンナーがやったのを覚えている。この俳優のことをもう若い人は知らないな。
 87分署の連中にしてみれば、またあいつが帰ってきた、のであり、どうしても「今度は掴まえたい」男である。またあいつが帰ってきたとわかるのは、デフ・マン自身が87分署に何らかのカタチで連絡を入れて「帰ってきて、一仕事するぞ」と示唆するからだ。警察としては、かなり頭に来る。

 今回も、以前にこの街で起こした事件の後始末にデフ・マンが戻ってきて、87分署の刑事たちをからかい始める。読んでいて、そうだそういう事件があったと思い出した。警察が押収した大量のヘロインや麻薬を焼却処分するために輸送しているところを襲い、奪ったのである。それを売って金にしたのではなかったか。しかし、仲間の中でごたごたがあってデフ・マンからすれば、始末をつけないではいられない状況になって戻ってきた。そしてそれはそれとして、別にも一仕事しようということになる。
 その予告を、分署に入れるのだ。
 シェイクスピアの作品から引用した文章を送りつけ、そのアナグラム、日本語の遊びで言えば文字の入れ替えで別の意味にしたり、あるいは回文を作ったりという具合で、それが巧くできないと、デフ・マンがやろうとしている犯罪がわからない仕掛け。つまり、巧く読み解くことができれば犯罪を防ぐことができるということなのだが、仕掛けが複雑。必ずしもシェイクスピアに通じているというわけではない87分署の刑事たちは、翻弄されてしまう。
 分署に届けられる文章を解く試みと同時に、分署にデフ・マンからの手紙を運んでくる酔っぱらいやヤク中に「誰が頼んだのか」と逆にたどる捜査も開始。デフ・マンが直接街の浮浪者に金を渡して頼むわけではないから、なかなか元までたどることができない。そんなことは先刻承知のデフ・マン。間に何人もの人を挟むのだが、徐々にばれていく。

 「87分署の刑事たち」という具合に、主人公たちといっていいぐらい人数がいるので、様々な行動が楽しめる。今回は、刑事たちの恋愛模様が色々あり、中心人物の一人である刑事の母の再婚と妹の結婚という家庭のできごとがちりばめられている。
 そのせいもあって、分署の皆が生き生きしていて、エド・マクベインの年齢をまったく感じさせない。それどころか、それぞれのカップルの愛のカタチの違いをみごとに書き分け、この先の楽しみとして読ませてくれる。だから、ますます亡くなったことが惜しまれてしょうがない。

 長いシリーズで、読者の私はこのあともずっと読み続けることができると思い込んでいた。でも考えてみれば、多くの作家が私より年上で、アガサ・クリスティも、エラリー・クイーンも読み続けているうちに死んでしまった。他にも海外のミステリ作家がいくらも死んでいる。日本の作家で言えば、時代小説の池波さん、藤沢さんも亡くなった。私が勝手に先生と決めて読み続けた山口瞳さんも亡くなった。愛読しているのに、もう、この人の新作はでないのだということがこれからもあるわけだ。

 さて、デフ・マンからの手紙を読み解く速度が上がり、手紙を持ってくる経路を遡ることも次第に巧くいき、警察と犯人の距離が縮まっていく。いやぁ、面白いぞ。
 この87分署シリーズを読んでいない人におすすめするとすれば、第一冊目から順に読んでくださいというしかない。アメリカのこの50年間の風俗、流行、社会的な動きなどが常にこのシリーズに取り込まれていて、巧いし、なんとも面白い。あと、一冊というのが悲しい。

 シリーズ前作「歌姫」のレビューはこちら


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