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文庫本読書倶楽部
04
凶悪

凶悪 04 凶悪−名無しの探偵シリーズ

ビル・プロンジーニ 著
講談社文庫
海外ミステリ

投稿人:コダーマン ― 00.07.04
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 ビル・プロンジーニの「名無しの探偵シリーズ」といえば、ミステリーファンには「待望の」一冊ということになる。
 当然名前はあるんだけれど、この小説のシリーズは「私は」という語り口の小説で、自分では名乗らないし、登場人物が主人公を呼ぶ場面はぼかす。要するに読者にはこの主人公の私立探偵がなんという名前かわからないので、名無しになってしまった。
 でもね、シリーズの中のある作品で、女性の探偵を主人公にしたシリーズを書いている作家と共作したことがあって、その時にその女の探偵がこの名無しを呼んだことがある。で、名前はわかっているのだが、それは永年この主人公とつきあっている者の密かな楽しみといったところ。
 かつて新潮文庫でシリーズを順に訳して出していた。ほとんど間違いなくどれも面白かった。味わいの深いシリーズで、あまり派手なアクションというのがない。静かな語り口の「私」がじっくり事件を解決していくのが気に入って読み続けていた。新潮社が翻訳を出さなくなってしばらくして、徳間文庫から出版されだした。読んでみると、主人公の一人称が「私」から「俺」になってしまって、小説の雰囲気ががらりと変わって、ずいぶん下品な物言いをする探偵になっていた。その上、これはカスをつかまされたんじゃないかと思うほど面白くなくて、新潮文庫はいいとこ取りして止め、そのカスを徳間文庫が安く買ったのかなと思うほど小説の質が落ちていた。私自身は、翻訳の悪さのせいだといまだに思っているが。
 で、今度は講談社文庫からの登場。
 日本で翻訳が出ない間もシリーズが続いていて、名無しの探偵はすっかり老け込んでいた。老け込んでいて、若い妻をもらい、コンピュータを使えないでオロオロしているのであった。
 事件の依頼があった。若い女性がやって来て、最近亡くなった母親の遺品を探していて、自分がもらわれた子供だったことがわかったのだが、ほんとうの父親を探して欲しいというのである。様々なつてや地道な調査でジワジワと依頼人の父親に近づいていくが、本当の両親の周辺の人間達がこぞって「調べるのを止めた方がいい」という。その理由を書いてしまうと、この本をこれから読む人の楽しみを奪うことになるが、書いてしまおう、依頼人の父は、地元の若い女性を強姦し、妊娠させてしまい、生まれたのが彼女であることがわかる。それだけではない、探偵はその父親が連続強姦殺人の犯人らしいと見当をつける。
 依頼人の父を突き止めたものの、そういう事情で探偵は依頼人に嘘をつくことになってしまう。
 そして、もし連続強姦殺人の犯人であるなら探偵として捕まえなければいけないし、警察にもそのことを告げなければいけない。依頼人の望みを叶えていながら真実をいうわけにも行かず、別の事件の解決に本気で乗り出さなければいけないはめになる。そんな小説であった。
 これは、とても面白い。講談社は当てました。
 この事件の中で、探偵事務所にコンピュータもないでは、この時代やっていけないということで、アルバイトを募集し、非常に優秀な女子大生が現れる。この女性と主人公の会話がまるで成り立たないのが妙にいい味で、何を買ってどうすればいいかも全部任せるから仕事をしに来てくれ、ということになる。実際に事務所にコンピュータが入って仕事に役立つようになるのは次回作だろうが、現代的頭脳の優秀なマイノリティの女性と間もなく60才を迎える「私」の仕事ぶりが楽しみだ。警察が公開している情報にもアクセスできないで、昔なじみの警察官を訪ねていくんだから、自分でも苦笑いの主人公である。
 間もなく60才の探偵だから、経験は豊富で、人脈も広い。おふざけ系ミステリィではないのでじっくり事件と取り組んで行く優秀な主人公、ただし自分がもう時代に取り残されていく側の人間であることを自覚し始めている。そうした時に、新しい若い奥さんと結婚し、事件の解決にコンピュータが必要になり、こんなことでいいんだろうか、と思いつつ軽い笑顔で認める生き方がコクになっている。
 一人一人の登場人物の個性がくっきりしていて、元々巧い書き手として定評のある著者の物語の作り方は見事なものであった。


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