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文庫本読書倶楽部
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異端の空 太平洋戦争日本軍用機秘録

異端の空 11 異端の空 太平洋戦争日本軍用機秘録

渡辺洋二 著
文春文庫
戦争ノンフィクション

投稿人:cave ― 00.07.24
コメント:戦争がテクノロジーの進化を最も加速させるというジレンマ。


 大東亜戦争で日本軍が開発した軍用機群のなかでも異彩を放つもの7機種の開発のようすを戦後に取材して書かれたものが本書だ。日本の軍用機といえば海軍の「零戦」が飛び抜けてポピュラーだが、その優位性も開戦初期の腕の立つ搭乗員によって、また連合軍側の戦闘機の運動性能が良くなかったときにのみ発揮されたにすぎない。国力、工業力の差はいかんともしがたく、結局終盤には歯が立たない様になってしまったのだが、そこは戦争だ。知恵と努力と命令により窮鼠猫を噛む一場面を現実のものとするべく、無茶とも言える秘密兵器開発に真剣に取り組んでいた男達がいた。
 この場では、7機種のうち、敗戦も濃厚になり日々都市が空襲を受けている中で、なんとかテスト飛行にまで漕ぎ着けた異色戦闘機2種を選んで感想を書こう。ドイツからの設計図をもとに開発されたロケット邀撃機「秋水」と同様の目的で高速度を追求した前翼型の「震電」だ。
 「秋水」は実戦に用いられたドイツの「メッサーシュミットMe163」ロケット戦闘機をほんのわずかな資料をもとに国産化したものだ。その資料の輸送も連合軍の制圧下にあって潜水艦に拠るしかなかった。その潜水艦2艦のうち1艦は撃沈されてしまったので、実際に日本に着いた資料は簡単な機体の設計説明書と数値のない三面図の写真ほか心もとないものだけだった。しかし戦争は恐ろしい。「B-29を邀撃セヨ」という一点で開発の命令が出された。もう無茶苦茶である。
 「震電」はこの本の表紙写真の戦闘機だ。プロペラは後部にあり推進式で、主翼も後部にある。機首には小さな前翼があるだけでエンジンがないぶん30mm機関砲4門を搭載する予定だった。高高度を高速で爆撃機に接近し大口径機関砲で攻撃する。30mm機関砲なら、B-29といえども一撃で撃墜されたに違いない。そしてそのデザインも十分洗練されている。最終的な速度の目標は時速740km/hだったが、試飛行で250km/hを記録した辺りで敗戦をむかえた。
 ほかの特攻兵器もそうだが、実際に開発している「技術屋」は、最初から特攻専用として設計しているのではない。搭乗員の生命の安全をはかるように作られてゆく。脱出や着陸、防弾なんかのことも当然開発のうえで無視できないもので、そこに難しさも苦労のしがいもあるわけだ。そんな葛藤もいざ運用の段となると「不要」なものとされ、取り外されたり省略されたりしてしまう。それなら最初からナシで、というわけにはいかなかったらしい。技術屋や搭乗員のモチベーションの問題もあるからだろうが、軍部の方にも後ろめたさがあったからだろう。この「秋水」「震電」は高速を得るがゆえに着陸時の速度が速く大変危険なので開発陣はその降着装置に非常に苦労している。両機とも実戦には間に合わなかったのだが、実用化されていたとしたら体当たり専用機になっていただろうし、それなら着陸を考える必要はないのだから、これは恐ろしいジレンマである。
 はたして試製秋水は離陸には成功したが、エンジンに不調があり墜落し搭乗員は殉職した。飛んだのはこの一回きりだった。著者はこの章の表題を「秋水一閃」としている。まさに、一閃だが、目標のB-29に振り降ろされた一閃ではなかった。ドイツ技術のコピー機とはいえ、当時の劣悪な資材・人材不足のなかでも飛ぶところまで作り上げてしまう日本人というのも不思議な民族だが、「自分たちが絶対安全な場所」から攻撃できるものばかり作り続けてきたアメリカもかなり不気味な国だ。オレは偏屈だからそういうアメリカの態度に「卑怯なりい…」的な感じを覚えてしまう。だから「秋水」にも一度くらいB-29を墜させてやりたかった。大阪人の「真田幸村」ビイキと一緒ではあるが…。
 しかし野村克也の「敗けに不思議な敗けなし」というのは、全くその通りのことが多いね。戦(いくさ)では。


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