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文庫本読書倶楽部
139
雄飛・五坪道場一手指南

雄飛・五坪道場一手指南 139 雄飛・五坪道場一手指南

牧 秀彦 著
講談社文庫
時代小説・剣豪系

投稿人:コダーマン ☆☆ 09.06.20
コメント:娯楽作品としては、ほぼ必読、です。「深み」はないけれど。


 2009年5月の講談社文庫新刊に『雄飛・五坪道場一手指南』というのが出て、著者は牧秀彦という作家。これまでに読んだことがない作家だった。

 実はこのところ、あまりにも破天荒な設定の時代小説が多くなって、時代小説から撤収しつつある。
 まず、そこらにいる剣豪が将軍に会って親しくしたり、ナントカ同心というのが多すぎる。むやみに人殺しが多い。また、時代考証ウンヌンという気はないが、あまりにも嘘が多いし、夜になって江戸の街を大勢の人が飲み歩くなどはひどいでしょう。
 それと長年の読者からいうと、筋ばかりでふくらみのない小説、江戸の風景が全然見えない小説が多くて読み終えてがっかりすることが多すぎる。さらに「文庫本の文字が大きな文字になり、一冊がスカスカ」で読後感が無い。帰りの電車で一冊読み終える、ではコストパフォーマンスが悪すぎる。
 ということで、かなり撤収は進んでいるのだけれど、元来時代小説は好きなので、面白いのに読み逃している人もいるのではないかと、初めての作家にちょっと手を出すことがある。これが本好きのいいところで、欠点でもある。
 読み逃していたら悔しい! なのだ。

 『雄飛・五坪道場一手指南』を書店で見て、「これを読んでみよう」と思った。手にとってカバーを読むと、これがシリーズの3作目とある。いやぁ、シリーズは必ず1から読むと決めている私としては、1の「裂帛」をまず読むことにした。
 義理堅い読者である。
 設定と話の運びがなんともうまい、「手練れ(てだれ)」と言っていい。
 どうして道場が「五坪」なのか、その程度の広さの道場でも剣の指南を始めた理由は何か、という主人公・日比野左内の事情がわかり、なるほど、これは面白いなぁと納得できるように書かれている。そういう事情を知るためにも、連作小説は「1」から読むべきだと私は思う。
 もっとも、つい最近出た面白そうな翻訳ミステリが、シリーズ4だったのだが、5年ほど前に出た「1」がもう絶版だとわかった。ネットで探せば中古であるし、その本の編集者をたまたま知っていたので聞いてみると「ブックオフ」にきれいな本があると思う、といわれてしまった。どうも気に入らないので、そのシリーズを読むのをためらっている。

 話は戻る。
 シリーズ1の『裂帛・五坪道場一手指南』がとても楽しめたので、すぐに2冊目の『凛々・五坪道場一手指南』も読んだ。
 五坪しかないような道場なので、大人の弟子はとっていない。大人は来ない、というのが正確で、子どもの弟子ばかりである。しかも、貧乏武家の子どもばかり。他に比べて礼金(束脩といいますけれどね)が安いので、そこにしか通わせられない家の子どもが集まってしまうので、皆少年剣士だ。しかし、主人公の志が子どもに伝わって、とてもいい道場である。主人公は、若いながら中条流のかなりな遣い手。達人ではあるが、青年特有の甘さがある、そこがまたいい。
 事情があって、大きくて有名な道場に行けない人がひっそり訪ねて来たり、剣を使ったことのない人が敵討ちをしなければいけないので数日のうちに必殺技を教えてくれ、という大人の頼みを聞くことはある。そうしたことが一編一編の話になっている。そんなときにもらうお礼と先の束脩でなんとか清廉な日常を過ごしている主人公。
 主人公が、裏の世界の殺しを請け負うというようなタイプの小説ではない。
 これは気に入ったと、3冊目を読もうとしたら、書店の新刊コーナーにあったシリーズ3が売り切れてしまっていた。おやおや、1から読んで追いつこうと思うとこういうことになるか。店長とその話をすると、まもなく追加が入りますというので待つことにした。

 そこで、牧秀彦という作家は、他にどういう作品を書いているかと思って、あれこれ見ていると、『還暦 塩谷隼人江戸常勤記』という、ベスト時代文庫から出ているシリーズに目が止まった。この「還暦」がシリーズ1。
 なのに、私は「塩谷隼人」という人を知っているのだ。まだ読んでいないシリーズの主人公を知っている? どうしてそんなことがあるんだろうと、真面目に思いめぐらしてしまった。
 すぐ側にある同じ著者の「五坪道場一手指南」の表紙を見ていて、気づいた。この還暦を迎えた塩谷さんは、日比野の五坪道場を訪ねてきた人だと思い出した。数日前に読んだ本の登場人物は私でも覚えている。あ、そういう仕掛けか、とわかったのでこれを買ってしまった。『還暦 塩谷隼人江戸常勤記』というのだから、この主人公は六十歳を迎えて、江戸常勤というのはどこかの藩の偉いさんと推測できるが、「五坪道場」を読んでいるのである藩の江戸家老だと知っている。この人も中条流の遣い手で、藩のゴタゴタのせいで命を狙われ、さび付いていた剣の腕を少し磨くために都合のいい道場はないかと探して、五坪道場にたどり着くのである。同じ中条流ということもあり、日比野と塩谷は親しく交流することになる。
 その二人がそれぞれに主人公の小説が並行して別の出版社から出ているのだ。
 へぇ、こういうことをやるのかと楽しくなってしまった。両方の主人公が好きになっているからそうなる。
 日比野からすれば「先日、塩谷殿が訪ねてきた」になり、塩谷のほうでは「日比野の道場に顔を出してきた」といったことになる。貧乏な道場主にを応援してやろうという気持ちになる家老と、自分の目的のためにけなげに小さな道場を守る青年という感じの交流が二つのシリーズを読むことで楽しめる。
 今のところ運びがうまくいっていて、10日に出る講談社文庫、月末に出るベスト時代文庫、話がこっちを読むことであっとの話がわかるようにならないようもちろん著者も配慮し、出版する方も考えている。

・講談社文庫
 『裂帛・五坪道場一手指南』
 『凛々・五坪道場一手指南』 
 『雄飛・五坪道場一手指南』
・ベスト時代文庫
 『還暦 塩谷隼人江戸常勤記』 
 『老骨 塩谷隼人江戸常勤記』



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