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ひさびさの「ぼやテツ」、今回はハードディスクの深部に残っていた未公開・古デジカメ画像の蔵出しおば。ブツは茨城・鹿島鉄道で撮影日は2005年(平成17年)9月25日。かしてつ廃止が2007年4月1日ですから、そのおよそ1年半前の鹿島鉄道線(鉾田線)石岡駅と石岡機関区の現役時スナップ写真であります。


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▲ホームに停車していたのは常陸小川行きのKR-500形クリームのボディに赤い帯のKR-502。自社発注の16m級気動車で座席はボックス(セミクロス)シート。同形4両が在籍してました(鹿島鉄道石岡駅:2005年9月25日撮影/以下同日)。


あたしにとって茨城つうのは、東京在住時を含めても極めて縁の薄い地方でした。鉄分が濃かった頃でさえ東北方面行き常磐線夜行で通過したのが関の山。90年代に美術館に行くために一度水戸に降り立ったのが最初で最後、てな感じの地だったんです。

そんな疎遠な茨城の、またまたローカルな石岡市などに初見参したのは、撮り鉄が目的ではありませんで、たまたまこちらで親戚の法事があったからでした。常磐線の特急「ひたち」から、黒服に数珠という出で立ちで降りた石岡駅なんですが、ふと、お隣の鹿島鉄道ホームを見るに、レトロな湘南顔のキハさんなどがズラリ。不謹慎にもむずむずと鉄の虫が湧いてきてしまったつうわけで。

式の時刻まで多少時間があったのを幸い、跨線橋を鹿島鉄道線ホームへ。その場で駅員に撮影許可をもらい、黒服をものともせずホームからパチパチ撮ったのが今回の写真です。なもんでデジカメもあたしの本務機ではなく、ポケットサイズのスナップ用初代LUMIXだし、画質も解像度もイマイチなんではありますが、廃止後の今となってはまま貴重な絵かなと。ここに蔵出しして並べとく次第です。


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▲KR−502の反対側。 こっち側にはジャンパ栓がないのでスッキリしたお顔立ちになってますね。


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▲留置線に停まっていたのはキハ430形のキハ431とキハ432。 湘南顔に金太郎塗装。緑と赤の二連つうのが実に渋いですな。


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▲手前から赤金太郎のキハ432と緑金太郎のキハ431、ホームにいるのは赤帯のKR-502。


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▲キハ431とキハ432の連結部。キハ431の屋根の銀塗装がギンギラギンで超眩しい。模型の塗装でもここまでのツヤは出しませんなw。向こうにチラ見えしてるのは紫帯のKR-501です。


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▲キハ432の側面センター部。Hゴム仕様のバス窓、鉄製サボと社章がレトロでいい感じ。


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▲運転士が乗り込んで発車スタンバイ中の赤帯KR-502。一線置いて紫帯に「ガンバレ!かしてつ」スローガンをラッピングした同形KR-501と水色帯のKR-505が。そのまた隣には切妻顔の20m級キハ600形601が見える。


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▲キハ431+キハ432と「かしてつ応援団」ラッピング車両のKR-501。 いずれも静態保存されているようなのは、とりあえず善き哉。


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▲かしてつホームの端から石岡機関区奥の車庫を遠目に見ると、そこにもなにやら気動車と貨車が...。


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▲ズームしてみるとどうやら、元夕鉄の20m級気動車キハ714。 こちらも二枚窓の湘南顔だけど金太郎塗りじゃありません。左奥の貨車はスム1000形かな?


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▲ちょっと遠かったので今度はJR石岡駅のホームから石岡機関区を望むことに。横腹に雑誌の広告を掲げた20m級のキハ714がよく見えた。でもこの手の気動車は16mくらいの方がプロポーションいいなあ。


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▲機関区の端っこに塗装ハゲハゲのDD902が鎮座。 あまりに汚いので、一瞬かの有名なカバさん(DD901)かと思った。調べてみると2005年11月に茶色から朱色に塗色変更とある。ちょうどこの頃(9月)は塗装の剥がし中だったのね。


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▲JR常磐線ホームの端に回って見たキハ601とKR-505。こんどは倉庫が邪魔じゃマイカ。


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▲Wikiによると、KR-501、キハ714、キハ431が鹿島鉄道記念館に。KR-505、キハ601、キハ432が他の個人施設などに保存されている由。 この規模にしてこの保存両数。関西の某大手電鉄などには爪の垢でも飲ませたいですなあ。


まあ偶然のお立ち寄りにしては、けっこうな数の貴重な車両に出会えたのではないかと思ってます。やっぱし鉄道車両は現役の姿じゃないとね。では今回はこんなところで。

ぼやテツ:アーカイブ
旧本編:蒸気機関車と鉄道趣味

泰然

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「♪〜」

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「〜♪」

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「♪・・・」

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「ん?」

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「誰や、お前」

啓蟄したいが...

寒中お見舞い申し上げます。当欄、またぞろ長いこと更新停滞しておりますが、なんも書く気がおこらんのでどうしようもないのであります。そりゃ、ボヤきたいことがないわけじゃないですが、昨今ちまたで話題になってる件(政治家や芸能人のゴシップ等々)なんてああた、毒づくのもアホらしいしょ。

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飼ってる川魚もスクスク(?)成長してますし、毎週世話もしてるんですが、様子を紹介しても読者のみなさんのお役に立てるような記事にできそうもない。だってあいつら、金魚より全然手間要らずなんですもん。病気もしないし、冬期は水温15℃でフツーに生きてますからね。地味だし懐かないし、トピックス皆無なんで。

そのうえ「今日日のホームページたるもの、スマホであんじょう見られるような配慮がされてないと検索の上の方に載せてやらへんで!」というグーグルさんの無慈悲なお達しがありまして。きばって凝った新記事を更新するなら、スマホ対応化してからアップしないと、またあとで再編集するハメになり、二度手間じゃんか。

が、もう16年もシコシコやってきた当サイト、中味はいわゆる「九龍城砦」みたいになってまして、スマホ対応化工事なんてそう簡単にゃできません。し、する気力ももはや出ない模様。春の訪れとともに気鬱が晴れればなんか書けるかもですが、当欄の啓蟄は前途多難のようなのであります。

昨日(7月10日)仕事の合間に庭で一服してたら、地面をモゾモゾと這う、やや大きめの虫がいることに気づいた。ヘコキブンブンかいなあと思って近寄ってよく観ると、なんとセミの幼虫である。まだ周辺にセミの鳴き声は聴こえない。「こら今年の初もんや! 」というわけで、縁側にデジカメを持ち出して、時々観察することにした。

このありさまは、昨日のツイッターで実況報告したのだけれど、母屋の「ぼやコラ」にも、一応まとめておくことに。最近「古ぼやコラ」カテゴリに更新してる旧ログの復刻ではなく、今回は新規の「ぼやコラ」記事なのであります。

・【今年の初もん】庭でタバコ吸ってたら蟬が出て来た。

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ツワブキの根方でなんかモゾモゾしてる奴がいる。どうやらセミの幼虫らしい。こら今晩羽化だなと思いデジカメを持ち出す(16時20分頃)。

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最近の温暖化のせいか、夏にこの庭に来る蟬の種類は、ほぼクマゼミのみになってしまったけれど、この幼虫はクマゼミより二回りほど小さい。それになんだかセカセカ歩いてて通常のクマゼミ羽化に見られる落ち着きを欠いている。未熟児なのかそれとも別種なのか?しかしかなり焦っているご様子。

庭のモチの木の幹のほうに向かってるのだが、手前にある石組みが登れずに何度も落ちているので、見かねてモチの根方に捕まらせてやり、仕事に戻った。

・かなりいらちなセミの幼虫、登攀中です。

仕事にひと段落ついたので「ここらで一服」と、ふたたび庭に出た。おお、一生懸命登攀しておるではないか。しかし、あいかわらず動きがせせこましい。クマゼミの幼虫なら、もっとゆっくり一歩一歩って感じなんだが(17時30分頃)。

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スチールでは面白くないので、短い動画を撮影してYouTubeにアップすることに。しかし、ようつべの編集時間って長くてかったるいので、いつもアゲル気がうせるのだ。
         ↓


動画撮影をしてる、あたしの坊主頭や足首あたりで、ヤブ蚊がさかんに集団お食事をしておる。痒みが堪らんので、そそくさと部屋に引っ込みました。

・地面に水平状態で羽化開始。こりゃ失敗するぞ...

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ようつべのアップに手間取って庭の様子を観に行くのが遅れた。そろそろ場所が決まった頃かなと幼虫を探したら、なんと気の早い奴。低い場所でもう羽化を開始しとる。しかもカラダ横向きだし(18時20分頃)。

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横向きで羽化すると、海老ぞった時にお尻の部分でカラダを支えにくい。抜け殻の上で方向転換してから羽を伸ばすというひと工程が増えるから失敗する確率が高くなるんだけどなあ。(小写真はクリックで拡大します)

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クマゼミよりは小型だけど風情は似てる。ウチの庭に来るのは珍しいけどヒグラシなのかも。鬼瓦権蔵のような太眉模様が凛々しい。

・次に観に行ったら...おらん。

観察者の心配をよそに、不安定な体勢のままさっさと羽化を開始してしまったセミの幼虫だったが、すっかり日も暮れて来た30分後に観に行ったら......あれれ、おらんやないけ!(19時00分頃)。

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後に残るは、内側がべっとり濡れて生々しい抜け殻のみ。羽化が完了するまでには羽を伸ばして乾かす時間が必要なので、これはおかしい。体勢が悪かったので、殻抜けしてから場所を変えたのかと、あわてて懐中電灯で照らしてみたのだが、幹の裏側や上の方には見当たらない...。

で、よもや落下か、と下の繁みを照らしてみると...あんのじょう。早速蟻さんがたが鋭意お食事中。(;´༎ຶД༎ຶ`)

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言わんこっちゃないやっちまったか。あんたのいらち故、5年から7年の地中暮らしが、一瞬でアジャパーに。羽化はもっと慎重にやらんといかんよ、というお話。ご愁傷さま(19時10分頃)。

西新宿の都庁ビルから両国の江戸東京博物館へ。どうせなら大江戸温泉にでもよってくりゃいいに。ヘンな東京観光だな...いや、この時ゃ営業だったんだ。

あまりにも不景気なので東京に托鉢に行った。いつもながら人に会っても酒ばかり飲んでしまい、営業をしたというより、単に散財しただけでかえって逆効果だよ。足もくたくただし。新幹線は高いし、もう...!。(小写真はクリックで拡大します)

西新宿の東京都庁ビル展望室に「おのぼりさん」

ひさびさに東京に営業に行った。連日、手提げ鞄に着慣れぬジャケット革靴でうろつきまわったので、ヘトヘトになった。その間の天気のすぐれぬある日、アポイントに空きができてしまったので、どうするかと思ったが、激動する東京がどのように変わったのかをこの目で確かめようと思いつき、都庁に登ることにした。「お上りさんのお登りさん」である。

しかしま、明治に遷都され東京行きが「上り」になったのであって、それ以前なら上方から江戸に「下」ったのである。あたしは京生れの大阪在住なので、どうにも「下る」気分が強いのであるが、京・大阪以外のひとは全然違和感なく「おのぼりさん」という気持ちになるのであろうか。このあたりの感じがよくわからない。

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▲恵比寿にて用件をすましてから都庁展望台におのぼり、と。

ゴタクはさておき、新宿の超高層都庁が竣工したのは1991年である、あたしが10年暮らした東京から関西に戻ったのが1991年。入れ違い。それから数多く上京したのだけれど、ついぞ都庁に足を運ぶ機会はなかった(浅草にはよく行ったんだけどナァ)。

ま、こういうものを間近に観るのは、ピッカピカの時より10年落ちで薄ら草臥れてきた現在の方が本質が見えるものだ。てなことをつぶやきつつまずは南展望台に昇った。ぐるりとあたりを見回してみて、アタマのなかで覚えのある10年前の地図と重ね合わせる。

次にあたしの定期巡回サイトである『超高層ビル情報』によって仕入れた新情報の確認をした。天気があいにくだったので、シャープな視界ではなかったが、「なんだ、こんなもんか」であった。皇居が意外に小さくしか見えない。ま、この都庁の位置は、江戸期じゃ都市のハシのハシ、内藤新宿のまた外れなのであるからこんなものか。



気分は大江戸観光モードに。足は両国の「江戸東京博物館」へと...

都庁窓からの景色にはすぐに飽きてしまったのであるが、南展望室のフロアには、現在のランドマークの位置を貼り付けた特大の江戸切絵図が敷いてあった。地図の年代は明記してなかったと思うけれど、この上にしゃがみ込んで、ほぼ半刻(一時間)以上熱心に見つめる羽目になってしまった。

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▲展望室の床には大江戸の切絵図が。江戸のディープスラム本所割下水

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▲こちらは深川あたりと石川島人足寄場。江戸にムラムラ来て新宿から両国へ五月場所開催中の国技館を横目に...

う~ん、なんと面白いのだろう。いままでに読んできた時代小説の各シーンがぐるぐると頭を巡り、「深川は、どうなっとったか」「あ、新吉原みなくちゃ」などと、次から次と忙しいこと。あげく腰の痛みが倍増してしまった。死罪人の市中引き回し経路が点線で示してあったり、各横丁の木戸なんかも記入してある。苦しく(腰が)も、実に愉しいひとときであった。

都庁には南と同様の北展望室がある。当初は昇る気はなかったのだが、そちらの床にはどんなネタが施してあるのだろうと思い、わざわざ下まで降りて、昇り直した。が、はたして、何も無かった。エエカゲンにせい!

しかしいきなり脳内視界が全編大江戸になってしまったあたしは翌日、重い足を引きずりつつ、仕事もうっちゃって、隣の国技館で本場所開催中にもかかわらず(ま、不入りだけど)、両国の『江戸東京博物館』に吸い寄せられるように向かってしまったのであった。

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▲てなわけで気になってた江戸東京博物館に到着。右は空襲に備える東京の街並を再現した書き割り。

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▲江戸ゾーンのジオラマ・両国橋界隈と大川の賑わい

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▲掘割のある都市の景色ってなぜかほっこりする。

何をしに東京さ来たんだ、おまえは? 疲れてるのなら大江戸温泉物語にでも行きなっての。(2003-05-29 掲載記事を復刻)

*旧ログを所蔵してた鯖がサービス終了のため、過去記事を復刻してます。もちろん当時は「ALWAYS 三丁目の夕日」も「東京スカイツリー」もありまへん。

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