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足元がふわふわ落ち着かないし、すぐにアタマが重く疲れる感じの日々が続く。動き回るのは程々にして、読書しては眠る毎日。脳梗塞の発症から退院までの体験ルポルタージュ6回シリーズのその四。
バランス感覚と集中力に不安...後遺症?
あたしの場合、頭を動かすと生じる眩暈と吐き気が主症状だった。入院当初はずっと寝たままで点滴を受けていたが、三日目くらいにふらつきは徐々に治まり、頭を立てた状態で食事をとれるようになった。
もともと頭痛はなかったので、眩暈さえ治まれば普段の生活は可能なのだが、アタマがなんだかふわふわして足元も少し浮いているような感じがし、立ったり歩いたりするのには少々の不安感がつきまとった。もっとも医者に車椅子以外での移動を禁止されていたので、入院後一週間は、ベッドとトイレを車椅子で移動するのみだった。
一週間が過ぎて、点滴も朝夕だけになり自力歩行のお許しが出た。他科外来に診察を受けに行ったり、ロビー階にあるインターネットコーナーで自分ちの掲示板に入院報告をしたりするようになったけれど、足元はふわふわ落ち着かないし、すぐにアタマが重く疲れる感じがしたので、二足歩行はほどほどに、あいかわらずベッドで読書ばかりしていた。
ベッドサイドの哀愁
家から持って来てもらったのは上方落語の速記文庫本。米朝師8冊と枝雀本5冊。すでに何度も読み返した本であるが、面白いし、適当な長さで一話完結するので、疲れやすく治療などで頻繁に読書が中断される入院生活には非常に都合の良い種類の本だと思った。あとは時代小説数冊。
普段はテレビを観ないので、この時ばかりとテレビも観た。連続ドラマなんかを観るのは何十年ぶりか。大河ドラマも久々に観たし、アタマの病気のくせに将棋番組も観ていた。まあ動かしさえさなければ特に問題はないのだ。オンデマンドDVDで映画も数本観た。特に食事に制限はないし、ニコチン摂取ができないという無限地獄を除けば、まま極楽の日々であった。
看護士(師)と看護婦(師)
不思議なもので、ナースが医療のプロならこっちはプロの入院患者だ、という勘違いのスタンスで勝手に「プロ同士気心知れた仲」みたいに思い込んでしまう節がある。向こうは確かにプロで、こっちは素人なんであるが、入院して毎日世話を受けていると看護の段取りみたいなものが見えてくるから、そういう気になるのかもしれない。
そのあげく、見舞いに来た人間や家族に冷たく当たったり煙たく思ったりする。「お前らはプロじゃないから余計な事をするな!」てな感じでね。これ入院患者のヘンな一面ですな。
知らず知らずのうちにトシを重ねて、半数以上の医者が年下とおぼしき齢になってしまった。もはや娘と言ってもおかしくない年頃の看護婦が、タメ口以上に厳しい上から口調で命令を投げかける。あたしはどっちかというとM範疇の人間なんでなんとも思わないが、看護婦に向かって「お前、誰にもの言うとんねん!」と怒りだしてしまう偉いさんとかがいるのかもしれない。
しかしま、こっちは「俎板の上の鯉」、下手に楯突いて関係を悪化させるのは得策でない、つうことで秩序は保たれているのかもね。
点滴の落ちて温もる春の午後
男女雇用機会均等のご時世だから、もはや院内に看護婦という用語はみられず、表記は「看護師」である。しかしおっさんにとっちゃ、やっぱりうら若きお姉さんに世話をしてもらうほうが心が休まる。
まだ圧倒的に女性のほうが多い職業だとは思うが、たまには野郎のナースも回ってくる。あたしの入院していた18日間に男のナースが回って来たのは一度だけだったが、やはりちょっと「ナンやお前」的な、険悪な空気が生じた。彼も若い看護婦たちと同様で年頃は20代後半。やや長髪気味の坊やであった。
彼は点滴の針交換に来たのだが、こっちも男は珍しいので世間話をしながらの作業中のこと。消毒綿だかテープだかを忘れてきたかして、彼はちょっと考えたあげく、「ま、いいか」とひとりごちた。
ナニ~?これやから今日日の若い男はアカンちゅうねん。患者は情緒不安定だから迂闊なことを耳に入れると大層不安になるのだが、そういう微妙なことに全然気がついていないのである。思わず「患者の前で『ま、いいか』は言うたらアカンのと違うか?」と小言を言ってしまった。
やっぱり男は損である。これ、お姉さんだったら、「ど~したの?ま、いいかって?」などと突っ込んで笑い話になるくらいだろう。やっぱ、ナースは少々おっかないくらいのおねーちゃんに限るね。(2008-03-01 掲載記事を復刻)
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足元がふわふわ落ち着かないし、すぐにアタマが重く疲れる感じの日々が続く。動き回るのは程々にして、読書しては眠る毎日。脳梗塞の発症から退院までの体験ルポルタージュ6回シリーズのその四。
バランス感覚と集中力に不安...後遺症?
あたしの場合、頭を動かすと生じる眩暈と吐き気が主症状だった。入院当初はずっと寝たままで点滴を受けていたが、三日目くらいにふらつきは徐々に治まり、頭を立てた状態で食事をとれるようになった。
もともと頭痛はなかったので、眩暈さえ治まれば普段の生活は可能なのだが、アタマがなんだかふわふわして足元も少し浮いているような感じがし、立ったり歩いたりするのには少々の不安感がつきまとった。もっとも医者に車椅子以外での移動を禁止されていたので、入院後一週間は、ベッドとトイレを車椅子で移動するのみだった。
一週間が過ぎて、点滴も朝夕だけになり自力歩行のお許しが出た。他科外来に診察を受けに行ったり、ロビー階にあるインターネットコーナーで自分ちの掲示板に入院報告をしたりするようになったけれど、足元はふわふわ落ち着かないし、すぐにアタマが重く疲れる感じがしたので、二足歩行はほどほどに、あいかわらずベッドで読書ばかりしていた。
ベッドサイドの哀愁
家から持って来てもらったのは上方落語の速記文庫本。米朝師8冊と枝雀本5冊。すでに何度も読み返した本であるが、面白いし、適当な長さで一話完結するので、疲れやすく治療などで頻繁に読書が中断される入院生活には非常に都合の良い種類の本だと思った。あとは時代小説数冊。
普段はテレビを観ないので、この時ばかりとテレビも観た。連続ドラマなんかを観るのは何十年ぶりか。大河ドラマも久々に観たし、アタマの病気のくせに将棋番組も観ていた。まあ動かしさえさなければ特に問題はないのだ。オンデマンドDVDで映画も数本観た。特に食事に制限はないし、ニコチン摂取ができないという無限地獄を除けば、まま極楽の日々であった。
看護士(師)と看護婦(師)
不思議なもので、ナースが医療のプロならこっちはプロの入院患者だ、という勘違いのスタンスで勝手に「プロ同士気心知れた仲」みたいに思い込んでしまう節がある。向こうは確かにプロで、こっちは素人なんであるが、入院して毎日世話を受けていると看護の段取りみたいなものが見えてくるから、そういう気になるのかもしれない。
そのあげく、見舞いに来た人間や家族に冷たく当たったり煙たく思ったりする。「お前らはプロじゃないから余計な事をするな!」てな感じでね。これ入院患者のヘンな一面ですな。
知らず知らずのうちにトシを重ねて、半数以上の医者が年下とおぼしき齢になってしまった。もはや娘と言ってもおかしくない年頃の看護婦が、タメ口以上に厳しい上から口調で命令を投げかける。あたしはどっちかというとM範疇の人間なんでなんとも思わないが、看護婦に向かって「お前、誰にもの言うとんねん!」と怒りだしてしまう偉いさんとかがいるのかもしれない。
しかしま、こっちは「俎板の上の鯉」、下手に楯突いて関係を悪化させるのは得策でない、つうことで秩序は保たれているのかもね。
点滴の落ちて温もる春の午後
男女雇用機会均等のご時世だから、もはや院内に看護婦という用語はみられず、表記は「看護師」である。しかしおっさんにとっちゃ、やっぱりうら若きお姉さんに世話をしてもらうほうが心が休まる。
まだ圧倒的に女性のほうが多い職業だとは思うが、たまには野郎のナースも回ってくる。あたしの入院していた18日間に男のナースが回って来たのは一度だけだったが、やはりちょっと「ナンやお前」的な、険悪な空気が生じた。彼も若い看護婦たちと同様で年頃は20代後半。やや長髪気味の坊やであった。
彼は点滴の針交換に来たのだが、こっちも男は珍しいので世間話をしながらの作業中のこと。消毒綿だかテープだかを忘れてきたかして、彼はちょっと考えたあげく、「ま、いいか」とひとりごちた。
ナニ~?これやから今日日の若い男はアカンちゅうねん。患者は情緒不安定だから迂闊なことを耳に入れると大層不安になるのだが、そういう微妙なことに全然気がついていないのである。思わず「患者の前で『ま、いいか』は言うたらアカンのと違うか?」と小言を言ってしまった。
やっぱり男は損である。これ、お姉さんだったら、「ど~したの?ま、いいかって?」などと突っ込んで笑い話になるくらいだろう。やっぱ、ナースは少々おっかないくらいのおねーちゃんに限るね。(2008-03-01 掲載記事を復刻)