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19 地上げ屋 突破者それから
宮崎 学 著
幻冬舎アウトロー文庫
ノンフィクション
投稿人:cave ― 00.12.12
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『バブル』とは、一体なんだったのだろう…。
新聞や雑誌やテレビなどの報道を見回してみても茫洋としていて、その名の通り、実体を把握しているという実感が湧かない。もちろん、私などはそれを取り巻く周辺環境の中をふらふら泳いでいたに過ぎないのだから、当然といえば当然だ。そんな一般小市民に、ある意味で最も明快に『バブル』の本質を晒してくれるのが本書である。
本書は、不動産バブルのほんの一事例のドキュメンタリーであるが、普通のジャーナリストが普通に取材して書いた文章では、こうも核心に踏み込むことはできない。著者の「突破者」宮崎学氏は自身が携わった仕事に、自身の考察や事後の調査結果も加え、凄まじくもアホらしい当時の不動産売買事情を赤裸々に描いている。さすがに「兆」の単位の金額は登場しないが二ケタの「億」単位のカネが紙袋に入れられて往来を頻繁に移動するさまは、国中が狂っていたとしか説明できない当時の日本の状態を、冷静に思い返すのに十分なインパクトを持っている。
なぜ著者が、バブルの暗部で、このような役割を果しえたかは「突破者」を一読されないと理解しづらいかもしれない、が、その著者であるからこそ、バブルをこれだけ明快に両断でき、その闇部を我々に垣間見せてくれることができるのだ。
私は、バブル期、若手社会人としてバブルの潮流に触れた。しかし日常生活の中で直接この手が触れていた実感は無い。初任給手取り9万6千円でアパートの家賃が4万5千円、都心郊外の私鉄各停停車駅から徒歩17分の1Kに暮らしていた。それでも街に出ると何とも言えない華やかさを感じられたものだ。珍しい料理、酒、おしゃれな店、輸入品。自分流にうまく選択し、それなりにその狂乱の時代の派生物を享受していたと思う。
居酒屋で知りあって意気投合した友人があった。彼の兄は「地上げ屋」だという。その兄が地元のF県に別荘を建てたので遊びに行こうと誘われ、招待されたことがある。クルマ(セルシオ)で高速を快適に走り、着いたところは国立公園内にある真新しいリゾートホテルだった。最上階のスイートルームをあたえられ湖を観ながら部屋にある総檜の風呂に入り、フランス料理のフルコースを極上のワインとともに饗した。私が泊まった部屋は一泊15万円だという。翌日、クルマで観光をしながらお兄さんが待つという別荘に向かった。こちらは山林の中、広大な更地にある体育館のような施設であった。韓国料理をご馳走になりながら、お兄さんの話を伺った。前夜のリゾートホテルは地上げの産物であった。国立公園内なので建物にはいろいろな規制がかかる。行政の審査が入る前夜、大型クレーンを駆使して8メートル近くある大岩を闇夜に紛れて運び、敷地の高さをねつ造してホテルの階数を増やした話。地権者の気持ちが動いたとき、すかさず数億の現金を用意するために、都銀の支店長などのルートを駆使し、日銀の金庫から纏まったカネを即引出せるようにする方法の話。トランクに数億の現金を詰んで、先陣争いのカーチェイス。別荘の敷地内には当時逆輸入でしか手に入らない、発売直後の深紅のホンダのスポーツカー(国内では5台目だという)があり、私も乗せてもらったが、これも頑固な地権者を息子のラインから説き伏せるための「手土産」用なのだという。そこには本書同様の世界が現実としてあったのだ。最も、印象に残っているお兄さんの言葉は分かれ間際の「もう、この商売を続けるのに、こころと体が続かない。限界だ。手を引こうと思っている」であったが、連絡が途絶えてしまったので、その後のことは知りえていない。
本書を読んで、改めて振り返ってみると、私の泊まったリゾートホテルはその場所に存在する必要のないものだったし、別荘の仕様にしても、施主の愛着が感じられるような造りでも立地でもなかった。すべて、バブルの不動産マネーゲームの「コマ」であり、その大層なコマは、地価は限りなく上がり続けるという国民全員の妄想と、融資残高をあげることのみに狂奔した銀行から湯水のように貸し出される現金によって、無様な姿を地上に晒すことになったのだ。そうして、後に残ったのは、現在の閉塞感に充ち満ちた世相だ。次回の「好景気」を国民が望むなら、あの轍は決して踏んではならないと思う。思うがしかし、日本人というのは、たぶんまた同じような狂信、妄想に煽られて過ちを繰り返していく様な気がしてならない。それなら、今の「不景気」のほうが、よほど「平和」そのものであるような気がするのだが…。
あきれるほど赤裸々に『バブル』に触れることができる、コワモテの一冊。文庫解説は村上龍。
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