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文庫本読書倶楽部
25
英雄

英雄[上]英雄[下] 25 英雄[上・下]

ブライアン・フリーマントル 著
新潮文庫
海外ミステリ

投稿人:コダーマン ― 01.02.13
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 これは「ダニーロフ&カウリー」シリーズと呼ばれる、おすすめ小説。
 シリーズといっても、これが二冊目で、三冊目があるかどうかわからない。名前で想像がつくと思うが、モスクワ民警の部長ダニーロフと、FBIのロシア課のカウリーがどうしても一緒に捜査しなければいけない事件が起きてしまう。
 ダニーロフには、事件が解決したら自分の手柄にしたい上役と、ホワイトハウスとの駆け引きばかり気にするクレムリンの権力者たちが「張り付いている」。私に協力すれば昇進を約束すると甘い約束をちらつかせ、一人で手柄を立てようとするなら左遷してやる! と、あいなる。その上役の中に、どうもロシア・マフィアに通じているのがいる。さらに、事件の捜査を失敗させて、自分がダニーロフの地位に就こうと企んでいる奴もいる。捜査の進展を逐一「私に」報告しろと、多くの上役に囁かれることになる。誰が本当に正義を行おうとする人間か、なかなかわからない。しかも、個人的には家庭問題を抱えて悩んでいる。
 カウリーはカウリーで、FBIはもちろん、CIA、ホワイトハウスに圧力をかけられて事件に臨む。ことの重大さに気づいていない部下に足を引っ張られたりもする。こっちはアル中に戻りそうな自分にいらついていて、いらついているからこそ酒を飲みたくなってしまう。
 この二人が、ワシントンで殺されたロシアの外交官の事件で共同捜査しなければいけないことになる。ダニーロフが渡米したり、カウリーがロシアに行ったりする。
 シリーズの一冊目ではモスクワでアメリカの上院議員の娘が殺されてその解決に力を合わせた二人。個人的には信頼感を持ちあった二人ではあるが、圧力のせいもあり、できれば「自分が主体になって」解決したいし、それぞれのスタイルで捜査したい。でもねぇ、殺人現場は勝手に荒らされるは、外交特権を使われるは、別ルートから手に入れた証拠を二人に渡さないはで、全くやりきれない。
 しかも今回の事件はロシア・マフィアに絡んだ事件なので、マフィアになってしまった元KGBが力をふるって、二人の捜査を妨害する。元KGBが多くいるロシア・マフィアはクレムリンの中にも深く根を張っていて、捜査の報告をするとそれがマフィアに筒抜けになってしまうので、先手先手を打たれる。
 正義感というのでもなく、友情とも言えないが、捜査官として優秀な人間だとお互いに信頼を持ちあってじりじり事件の解決に迫っていく。
 ロシアの権力機構の中に巣くっているマフィアと、それとつながっていると裕福な生活ができる役人たちの体質が全くこの国の役人と同様である。マフィアをはびこらせてしまっているアメリカというイメージも困るし、クレムリンにマフィアが根を張っていると世界に知られるのも困るというわけで、事件は事件としての解決を見せるが、本当のところは覆い隠される。しかし、主人公の二人は、無事生き延びることができる。
 非常に複雑で、実に奥の深い「悪意」の描き方で、コクのあるミステリである。大人の小説で、またモスクワとワシントンがしっかり描かれ、日本人作家にはなかなか書けないタイプの読み甲斐のある一冊。


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