|
|
|
|
|
41 暗黒のクロスボウ−刑事ルーカス・ストーンコート・シリーズ
ロバート・ウォーカー 著
扶桑社ミステリー
海外ミステリ
投稿人:コダーマン ― 01.05.13
コメント:--- |
|
|
|
|
先に三冊連続で紹介した「ジェイムズ・リー・バークのデイヴ・ロビショー」シリーズのように、気に入った主人公を見つけだすと日本でその翻訳が出される限り「この主人公とつき合おう」という気持になる。
翻訳物のミステリーでつき合っている主人公は10人近くもいるだろうか、一方で、日本の時代小説の主人公とも何人かつき合っている。この全体がうまい順番で出版されれば、年中面白い小説を読み続けられることになる。
この「暗黒のクロスボウ」は、2000年の春に出た小説で、冒頭だけ読み、面白そうなので安心してそのままにしてあった。
面白そうなので、もし何も読む物がない状態になったらいつでもこれを読めばいいという私の安心感、そういういみである。それがあって置きっぱなしてしてしまっていた。
そしたら、シリーズの2『肩の上の死神』がこの5月に出たので、また溜めると大変だと思って読み終えた。
主人公は、以前、ダラス警察の「優秀な」刑事。仕事が終わって相棒とビールを二、三杯飲んだところで、長い間追い続けていた悪い奴が暴れているという連絡が入り、つかまえるチャンスだと酒場を出て相棒とパトカーに乗り込んだ。
しかし、途中で事故を起こし、相棒は死に、自分自身もほとんど再起不能の重症を負ってしまう。酒を飲んでパトカーを運転し、事故を起こし、刑事を一人殺してしまった…ということになってしまった。死んだのは黒人刑事、この主人公はインディアン、という次第で誰も味方してくれず追い出されてしまう形になった。
こうして、主人公に負担を負わせるパターンができあがる。
この、主人公に何か重い負担をかけるというスタイルは非常に多く、そのことを他人に言われたり、また自分自身でも非常な痛みを感じつつ人生を送るというところに、小説の奥行きがある。何でも負担を負わせればいいというものではないが、あまり自在に動ける立場の主人公というのは嘘臭くていけない。特別に負担をかけなくても、警察組織にいれば上下関係や、政治家の介入などがあって、いつでも重荷はある。
ほとんど死んだような状態から、時間をかけて必死のリハビリに努めて、内側に多くの痛みを抱えながらも、普通に動けるまでに体を戻した主人公。十分働けると証明しつつ、ヒューストンの警察学校に入り若い同級生にあれこれ言われながらも、とうとう新人の巡査として採用されることになった。話はここから始まる。
そこそこ優秀な刑事だった男が新人の巡査として署に入ったが、地下の資料室の整理係にされてしまう。「君の体のことを思いやればこそ」の職場だというが、本人には牢獄に等しい。
アメリカ人の、黒人に対する偏見とはまた違った、なんというか、インディアンに対する感情は独特のものがあり、引け目を感じつつ「劣等な奴ら」と思っているところなどを、この主人公がチクチク逆襲する。
さて、この地下室で時間を過ごすとしたら自分は腐ってしまうに違いない。何か正当なことで、つまり事件を解決して昇進して前と同じ刑事までには進みたいと思い始めている。
腐り始めている主人公の部屋に、女性が現れた。地下の資料室に繰り返し来ては過去の事件調書を読みあさっている、警察の嘱託の精神科医。あちらでは、警察組織で仕事をする人々の心のケアのために、また、様々な悩みを持つ人のために精神科医を内部に抱えているのだ。この二人が、署長の言うことを聞かない人間ということになる。組織に波風を立てないで穏便にしてうてくれればいいのだが、資料室の資料を徹底的に調べることで、あちこちからバラバラに報告されていた事件が同一犯の犯行と考えられるということになる。
この、現場に出向くことができずに、資料室で資料をつき合わせることや、その精神科医の情報を重ね合わせることで事件の解決に近づこうとする、その辺がジリジリしていて、どうやってその地下室を出られるようにしてくれるんだろう? と思わせるのだ。
クロスボウで、心臓を射抜き、寝ている人の場合は下のベッドまで貫通、立っていた場合は、壁に刺し止めるかのような殺し方。ねらいは的確で、確実。ただ殺すのではなく、心臓を射抜かなければいけない何かの理由があってのことだろう、というので、徹底して調べていく。間をおいてだが、また同じような殺人事件が起きて、この二人を派遣しないわけにはいかないようになる。
しかし、この二人が気に入らない署長は、できれば捜査がうまくいかないことを理由にしてこの二人を処分したい。精神科医は本部長の命令できているので煙たいし、主人公のインディアンは、偏見のない警察という意味で署にいれば世間体がいいだけなんだから、資料室に閉じこめるようにしてしまおう。という具合。
土の上に残った足跡を見つけだして、ここからクロスボウを射た、というようなことでインディアンらしいところを随所に発揮。また、会話の最後に、インディアンの教えをつぶやいたりするところがそれらしい。
交通事故の後遺症で体のあちこちにしつこい痛みが残っている。また、時折短時間意識を失うことがある。さらに、無理をすると次の朝猛烈に体がだるかったり痛んだりもする。事故に遭う前に機敏な行動ができたようには動けなくなっている。それを、警察組織には知られないようにしながら、他の人よりいい仕事をしようと心している主人公は真面目な刑事ではある。
インディアンであること、民族的な悩みというか、恨みというか、そうしたものを心に秘めながら自分の能力を発揮するために必死に仕事をする主人公。これがなかなか感じよく、アルコールを止められないといった心の病も抱えているので、いい奴なのである。しかも、精神科医を信頼し個人的にはすっかり気に入っているにもかかわらず、彼女にはちゃんと恋人がいるという「辛い状態」も作者は用意していて、これがなかなか悪くない。こういうミステリーは、なかなか発見されないままかも知れない。扶桑社は大きな出版社だし、文庫本だってかなりの部数印刷するのだろうが、一旦何かで話題にならない限り、この種の地味なミステリーは書店の店頭からどんどん売れていくということはないだろう。
でもね、こういう本を見つけだして、あの主人公のシリーズちょっといいよね、という気持ちよさ、これも本好きの喜びである。この著者、同じ扶桑社文庫から、女性検死官ジェシカ・コランというシリーズも出している。私は、検死官はコーンウェルのスカーペッタで充分。
|
|
|
|
文庫本読書倶楽部 (c)Copyright "cave" All right reserved.(著作の権利は各投稿者に帰属します) |
|