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46 江戸の知られざる風俗−川柳で読む江戸文化
渡辺信一郎 著
ちくま新書
民族学・江戸川柳
投稿人:コダーマン ― 01.06.18
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この人は去年あたりから『江戸川柳』『江戸のおしゃべり』『江戸バレ句戀の色直し』というように、江戸川柳、川柳畑でいうところの「古川柳」という範疇の句を解説しつつ、江戸の風俗、生活をわかりやすく教えてくれる人である。二十年以上川柳を読んでいても、わからない言葉、その言葉の向こう側が見えない言葉が実に多いのである。
『江戸のおしゃべり』という本は、川柳の中にしゃべり言葉がそのまま出ている句を探し集めて、江戸の人が日常的のどのような言葉を話していたのかを考え、教えてくれる本であった。明治維新をやった連中が、「新しい日本語」を作り、日本中にそれを使うように押さえ込んでいったわけだが、その中で、江戸の町の人がどういう言葉を使って生きていたかが失われてしまった感じがある。で、落語の職人言葉、または今の下町の言葉が「江戸弁」だと思われているが、そうではないのだ。思いの外汚い言葉、今の感覚でいえばそういう言葉を使っていたことがわかる。この本で面白かったのは、川柳を投句する三分の一ぐらいは「武士」で、武家の家庭で使われている日常会話が案外多く見つかってしまうことだった。しかし、当時おおっぴらに武士が川柳作家でいることもできず、ひたすらペンネームで投稿するばかりだったあたりが、哀愁である。
『江戸バレ句戀の色直し』は、江戸人にとって色恋というのはどういうものであったかということを、江戸の一般人が書いた川柳を素にして解き明かす本だった。この本で知ったことは、案外江戸時代の人は恋愛に対して開いていたということ。また、プラトニックラブというものは「愛」と認められていなかったということも初めて知った。だから、時代小説で江戸時代を描いているものを読んで「忍ぶ恋」というような人情話を読まされると、くすぐったくなるようになってしまった。そりゃ口に出せない性格だの、身分違いだのがあっただろうけれど、案外ことは素朴に運んでしまっていたようである。
そういう風に、このところ江戸の先生になっている人の新しい本で、出たとたんに買ったが今度のは歯ごたえがあった。
例を挙げると、「岡崎を八つ乳で弾いて叱られる」という川柳がある。この句の中で、岡崎と八つ乳(やつぢ)がわからないとどうにもこの川柳は理解できないし、面白味がわからない。先に説明すると、岡崎というのは三味線の習い初めに弾く、単純な旋律を繰り返すだけのもの。で、八つ乳に関していうと、四つ乳(よつぢ)という物が先にある。文字通り四つの乳のことだが、三味線の猫の皮に「乳」のあとが四つ、表に正しいバランスで位置していることをいうのだそうだ。これで充分高級品とされているそうだが、裏側の皮にも同じように「乳」のあとが四つある皮を張った物となるとこれはもう大変な高級品。そういう名器でもって、ただもう同じ旋律を繰り返す馬鹿馬鹿しい曲を弾いて、叱られた、という川柳なのだ。
そこで、「乳の恩を芸者四つ乳で送る也」という川柳が、ひとつには「乳と四つ乳」を縁語としてつかっていることをまず読み取り、自分に乳を飲ませて育ててくれた母親を、芸者になって三味線を弾いて細腕一本で養っている、という句の解釈にたどり着くわけだ。
川柳にはこうして、ひとつ言葉がわからないだけで全然意味がとれないことがある。ということは、ひとつ言葉がわかるだけで、その言葉が出てくる川柳が「あ、なるほど!」と膝を打つことにもなる。
この道の先達が熱心に研究し、江戸の風俗を調べ、俗説を探し、当時流行した言葉や着物の柄を見つけだし…ということの果てにやっとひとつの句の解釈ができるということがある。川柳の研究などはその積み重ねのようなもの。
そういう、今となってはなんだかわからないながら、川柳では重要な単語になっている風俗を解説してくれている本である。これまでに何冊か川柳の本を書いているので、徐々に難しくなってきた気配があって、この本などかなり突っ込んだ研究成果が盛り込まれているし、川柳に惚れている人間相手の解釈本になっている。
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