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49 霧の橋
乙川優三郎 著
講談社文庫
時代小説
投稿人:コダーマン ― 01.08.06
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とてもいい小説だった。第七回時代小説大賞受賞作、である。
江戸時代、武士がその身分を捨てることが簡単にできたかどうかは調べたことはないが、この小説では、いろいろ事情があった武家の次男坊が侍の身分を捨てて商家の婿になり、その家を継いで商売を広げていくという話である。
父が不祥事を起こし、命を奪われてしまうことで「家」を失ってしまう武士。生活の道などない次男坊が偶然命をつなぐことができるというのが話の始まり。不祥事になるはずがなかったのが、悪い方の偶然でみっともないことになる。そうなれば、武士の対面があり、生きていられない。
さて商家での生活が始まってみると、元侍の若主人が、仕入れのために職人に頭を下げることができるか、というようなことが周囲の人々の心をよぎる、もちろん本人も悩む。そういう「武士の部分」が繰り返し出てくるのが苦悩の一つ。もう一つは、商売敵がなかなかの曲者、元侍は商売上手ではないのでじりじり押されて、たち行かなくなるのではないかという悩み。もちろん、悪巧みをする大商人は、元侍の商売下手を見込んで攻めてくる。これが、剣での勝負ならと思うのが侍である。
しかし、商いというものはどうでなければいけないかを、番頭や職人、そして妻に暗示されつつ商家の主人らしくなっていく。大当りを取る商品を思いついて一時はことがうまく運んでも、すぐに真似され、逆に先を越される。そういうことも身をもって知らされる。とはいっても、侍の世界と違って、責任をとることが切腹というようなことにはならないのだから、店がどうにもたち行かなくなったら、一人で小さな商売をして妻を養っていけばいい、と、心の奥底で思えるようになる。そう思うことでやっと、侍を捨てることができつつある自分を自覚する。
ところがある時、侍である部分が悪い形で出てしまう。罠というほどでもないが、うっかり誘いに乗って武士らしい行為を見せてしまう。商売の世界に、あの人は元お侍だそうだということが広まっていき、周囲の目が変わる。客商売は、噂や人気に敏感なだけにややこたえる。何よりも、愛している妻が「この人は、お侍に戻って家を出ていってしまうのではないか」と不安になる。
彼が侍を捨てなければいけなくなった父にまつわる複雑な事情が、長い時間を超えて一種の解決にたどり着く。もう家はなく、ほとんど本人の心の問題にはなっていたのだが、それでもあくまでも武家、武士として筋を通しておきたい気持はあった。そのために一度だけだが、刀を持って家を出なければいけない日が来る。
世話物だが、武家社会の味付けが適度に効いて、味のある小説。この作家は、情を描くところでは、女流作家のようなしつこさで夫婦の愛情を書き込む人である。それが、今時珍しい純愛で、なんだかほっとしてしまう。
時代小説が楽しい、と、しみじみ思わせてくれる一冊。
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