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文庫本読書倶楽部
70
狐の嫁入り

狐の嫁入り―御仕出し立花屋 70 狐の嫁入り―御仕出し立花屋

内海隆一郎 著
PHP文庫
時代小説・食べ物捕り物系

投稿人:コダーマン ☆☆☆ 02.03.26
コメント:人情小説の良さがにじみ出ている。


 この小説には、別に「御仕出し立花屋」という名もあって、要するにその立花屋という仕出しの店の話。しかも、時代物。
 この作家、編集者時代に食べ物の本の編集をしていたという話もあって、食べ物がでてくる小説が巧みである。小説の筋立てが面白くて、出てくる食べ物が旨そうという作家はなかなかありがたい。ワイン小説というものが昨今出版されるようになったが、ワインの専門家ではあっても小説の腕の立つ人がいないので、ただワインの説明を会話の形で展開するだけのつまらないものになってしまう。食べ物の小説も、食卓が旨そうであって、しかもちゃんと小説になっていなければどうにもならないと思う。この作家は、料理の旨い、話の面白い小説を書く。
 捕り物五割、食べ物三割、人情物二割。やや欲張っているが、これがいい塩梅に調和して楽しむことができた。

 立花屋の主人が、朝の仕入れに出かけた市場で悪さをしている子供を見つけ、しばらくしてこの子を自分の店の小僧にする。この子供が来たことで、店の者が主人以外に四人になる。この四人、一番上のできる男がわけありの武家出身、それから上方から来た男、そしてちょっと気働きが鈍そうに描かれる気のいい男と、小説的にバランスのとれた面々。そこにすばしっこい小僧が加わる。気持を一つにして季節ごとの仕出し料理をつくってあちこちに届ける毎日。
 料理の工夫に趣向を凝らし、お馴染みさんに信用を得ている。
 新しく店に入った小僧の親が、付け火で起きた火事によって死んでしまい、小僧は身寄りがなくなってしまった。店の主人は、その子の面倒を見て一人前の板前にしてやればいいとだけ考えているが、小僧は付け火をした人間の顔を見たと言い、見られた男とされる者が密かにこの子を殺そうと繰り返し襲ってくる。
 そうしたせいで、その子供を守ること、次に、どうして付け火までして殺されるようなことになってしまったのかの原因を探ること、これが仕出し屋の仕事以外の日常になってしまう。そこが話である。
 
 日々、早朝の市場に出かけての仕入れ。新しく来た小僧の父親は、市場で働いていたが目利きで知られた男。口が悪すぎて嫌われてはいたらしい。その親に育てられた小僧も、食材に目が利く。野菜と魚を仕入れて帰り、下ごしらえを始める。この時に、いわゆる旬の素材が、昔の正しい季節感を感じさせ、料理の現場に「カタカナ」の素材も出てこないし、カタカナの料理も出てこない。これが案外気持ちがいい。和風料理などという必要もなく、日本の料理しかないのだ。「こだわり」という吐き気を催すような言葉も出てこない。
 捕り物の真似をするというではないが、時に危険な目に遭いつつ、主人も店の者も仕事の行き帰りに少しずつ知り合いに話を聞いて見たり、出入りの人に伝を求めて事件の解決に向かって行くという次第。
 捕り物の味付けは十分だが、この小説の場合、料理人の日常をはずさないように暮らしているところがいい感じである。また、男所帯に少しずつ色気が入り込んでくるのも、小説としての楽しみを満喫させてくれる。
 すぐ次が出るかどうかは編集者の腕の見せ所だろうが、せっかくいい味の登場人物が揃って、読む方も馴染んだのだから「次」を書いて欲しい。それぐらいに思う楽しい小説ではある。


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