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69 待たれていた男[上・下]
ブライアン・フリーマントル 著
新潮文庫
海外ミステリ・情報系
投稿人:コダーマン ☆☆ 02.03.19
コメント:渋いけれど、いいだしが利いている |
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情報員、チャーリー・マフィンを主人公としたシリーズの最新作。
このシリーズはこのチャーリーのキャラクターを知らないと、読み始めてから、どうしてこうも辛い目に遭う主人公なのだろう? と思うような重ったるいミステリー。
ということで、できれば第一作から読んで欲しいと思う。
もちろん、これ一冊を単独で読んでもじわじわ面白いことは保証する。
シリーズが始まった頃にはまだ東西ドイツを分ける壁があった。イギリス情報部員であるチャーリーは、非常に冴えないおじさんで、オックスブリッジを優秀な成績で卒業したようなエリート、いいとこの子で出世主義の群、現場を知らずに理屈ばかりをこねている青二才達には、鬱陶しくて我慢のならない存在だったのだ。冷戦の終末に近づくに従って、スパイ戦の現場が敵国への潜入などではなく、机の前に座ってああだこおだと言葉を操る奴らの会話の場に移っていく。つまり、外向的手腕が大切にされるようになって行くわけだ。実質の情報戦は相変わらず現場仕事が重要ではあっても、そうなっていく。そんな中で、チャーリーはいつも現場で仕事をしてきた古い時代の情報部員ということになってしまった。
そのため、「あんなの今時いない方がいいよな」と、相談がまとまってしまい、(確か)情報活動の中で事故死したということにして、チャーリーを殺してしまおうという計画ができてしまうのである。
上の(確か)は、第一作があまりにも昔のことで記憶が定かではなくなっているためである。その第一作目のタイトルが「消されかけた男」である。本当に、味方にも、狙われてしまうのだ。
確かに外見は冴えないが、冷戦の現場でたたき上げてきた情報部員であるチャーリーは、007とは全く逆のひたすら地味な策略と、騙しと、イギリス・アメリカ・ソ連(ロシア)の疑心暗鬼を巧みに操る手練手管で生き延びてきた男なのだ。
チャーリーを殺そうとした人間を逆に排除し、生き延びる。その後、クレムリンに取り入ったり(!)、イギリスのMI6やアメリカのCIAを出し抜くようなことをしでかし、東西両方から嫌われているのであり、チャーリーの策略で左遷された人間も多い。それでも、実力があり、大国の上層部にいる人間の秘密を握っていることでチャーリーを排除できない状況が続いている。
イギリス・アメリカ・ロシアのどこにも目の上のたんこぶという存在がいい。
で、現在は、モスクワにいる情報員ということになっている。
おおざっぱな背景はこんなところである。
そして今回は、シベリアのヤクーツクで事件が起きる。温暖化の影響で永久凍土が溶け始めた場所で、男二人女一人の死体が見つかる。氷が溶けなければ永久に発見されることのなかった死体で、「殺されて埋められた」ことは確実なのだ。
着ている軍服からイギリスとアメリカの将校と、ロシア人女性ということがわかる。ということで、ロシア、イギリス、アメリカの合同捜査が始まる。
この捜査については、うまく解決できたら「我が国」が解決したと内外に発表したい。解明に失敗した場合は、我が国のせいではないと主張できるようにしておきたい。そういうことで、合同捜査とは言いながら全くお互いに信頼がない。ただひたすら出し抜こうとするばかりである。もちろん、現場に行かせるについては、失敗した場合に左遷してしまいたい人を選ぶわけだ。
一方、英米露それぞれに政治的な思惑があって、ロシア内部では辺境の街とモスクワの不仲、また元KGB系と現政府の首脳の暗闘がある。イギリスでは、情報部の内部抗争があって、チャーリーを左遷できれば彼を応援して来た人間をまとめて追い落とすことが可能になり自分が高位につけると策を巡らしている者がいる。情報部として解決したいと思う一派と、政治的にイギリスが解決したとしたい一派もいる。アメリカは、FBIとCIAがそれぞれに点数稼ぎをしたくてしょうがない。そのアメリカとイギリスの間でも友人関係の情報担当がいたり、友人関係のふりをして相手に打撃を与えるために出し抜こうと思っている同士もいる、同じ組織の中で政治的にライバルと見なしている人間を叩いておきたいという関係の者もいる。
いずれにしても、捜査を担当させられて現場に行かされた人間達は、うまくいっても手柄にはならず、下手をすれば引退だの左遷だの、退職だのが待っている。
この、異常に複雑な関係を把握しないとフリーマントルのこのシリーズは、途中でグジャグジャになってしまう。私はなりかけた。
1945年頃、シベリアにいた外国人、シベリアにいることができた外国人、特に英米人とロシア人女性は非常に少ないので、それぞれに調べれば被害者は誰なのかがわかるのだが、捜査に加わった各国の担当は、お互いに情報を交換することを拒否する。ひたすら駆け引きである。いっこうに事件は解決に向かわないが、チャーリーは推理を積み重ねながら、思いがけない行動にでたり、会話のやりとりの中でちょっと騙して相手の返事から情報を読み取ったり、餌をばらまいて小さな証拠を手に入れたりしながら「誰が、なぜ」殺されたかを探り出していく。
例えば、殺されたイギリス人将校の軍服からタッグがむしり取られている。当時、イギリスの将校は軍服をつくる店が決まっていて、皆注文だから、その店を調べれば名簿に記録がある。そのことを知っていて、そこまでたどり着かれたら困ると思った人間が、そのタッグをはぎ取ったに違いない。とすると、そのタッグの重要性を認識していた人間が現場にいたという推理が成り立つ。つまり、殺された人間以外にもう一人イギリス人がそこにいたのではないか、と考える。当時、イギリス将校でアメリカ人やロシア人と行動をともにしていたのはどういう軍人か? シベリアまで行く必要のあった者は誰か。行かされたのか、行ったのか。戦争末期、イギリス人将校とアメリカン人将校と、ロシア人女性、これも軍隊の女性、そうした人たちが行動をともにした軍事行動は何だったのか。
というような推理を進め、ロンドンに戻ったり、かつての東ドイツ地区へ調査に行ったりしながら、チャーリー自身は解決に近づいていく。
ある程度わかった時点で、「誰が、なぜ」殺され、誰が殺したのかを明るみに出すとイギリスの情報活動に支障を来たすことを発見する。
戦後の英米露の情報戦、現在も続いている冷徹な情報争奪戦に、その1945年の三人の死体がかかわっていることを知る。
事件の解決を発表できない事件なのだ。もし、解明できても、どういうことなのかを知る人を最小限に抑えておいた方がいい。必死にそうしなければいけない必要に迫られる。そうすると、事件は「解決されない方がいい」ことになり、チャーリーは、捜査に失敗したことになされる公算が大きいことを悟る。
解決しても発表できない、反対派には失敗として追及する理由を与える。
事件の真相を、最高責任者に報告して自分の地位を守る手を打つと同時に、表面上失敗したことを攻めてくるはずの奴らに陥れられないように別の策略を考えなければいけない。
そういうミステリーなのである。
西欧人の好きな、論理的推理と、騙し合いにあふれた面白いミステリーだが、私にはひたすら疲れる小説。非常に面白いけれど、電車の中でウツラウツラしてしまうと、はっきり覚えているところまで戻ってきっちり道をたどらないとわけがわからなくなってしまう。推理にぴったりついていくための頭の力が衰えてきたので、このシリーズにアップアップしてきたが、頭が冴えている人にはぜひおすすめする。
できれば、一作目から読んで欲しい。読む価値のある面白さをもっている。クレムリンとホワイトハウスを手玉に取るなどけっこう楽しませてくれる。
他に、フリーマントルが書いているシリーズが2つあるがそっちも非常に面白い。ノンフィクションも書いていて、これは、ジャーナリストというのはこういう仕事をする人のことをいうのだという見本のようないい仕事をしている。
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