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文庫本読書倶楽部
94
たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛 94 たそがれ清兵衛

藤沢周平 著
新潮文庫
連作短編時代小説

投稿人:cave ☆☆☆ 03.03.06
コメント:どこがペーソスなもんか。普通「男」はこうなんだって


 映画化に際し、昨秋あたりから書店に平積みされるようになったので、気を魅かれてはいた。そういえばずいぶん長い間、藤沢作品を読めていなかったし、すこし恋しくもなっていたので…。(映画の内容に関しては、まったく情報を得ていない状態で書いていることをご承知ください。)

 偏屈、変人の趣のある渾名がついた、城勤めの下級藩士たちを題材にした八編の連作短編小説集である。舞台は、明記されてはいないが江戸中期の、米本位制の土台が揺らぎ社会・経済の体制が崩れてきた頃の、地方の小藩の城下である。八人の「変人」主人公たちはいずれも五十石取り程度で役を持ってい、城下三の丸あたりの組長屋住まい。嫁の実家はみな格上というような設定。夜が明けると城に出勤し、執務を終えると家に帰ってくる日々の繰り返しは、一見、現在のサラリーマンの日常と重なるように錯覚してしまう。
 さらにこの時代の幕藩体制は、相次ぐ改革の効果もなく武家の借金は増え続け、天災飢饉は続発し、お手上げの状態に至ったころ。小説の舞台でも、藩士の扶持は借り上げ(減給)られ、藩政では改革方針の違いで二派に別れた派閥が、おのおの利権を争って凌ぎを削るという、なんともはや平成の現代の朝刊を読んでいるような世相でもある。
 しかし、その摺りあわせは錯覚なのだ。経済と政治の凋落に揉まれうらぶれて見える主人公たちは、しっかりと「牙」を持っている。「こころ」にも「からだ」にも。彼らが「侍」であり「剣士」であり「男」であるからこそ、結末に明るさを感じとることができるのだ。それまで、やや嘲笑しながら読み進んできた読者は、自分はその「牙」を持ち合わせていないことに気づき、主人公との質的落差を思い知らされる。こちらの現実ではラストに「明るさ」は醸しだせないのだ。それで、ペーソスやユーモアということばに置き換えて処理したくなるのではないか。

 上質、なんとも凄い。


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