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97
漂流記の魅力

漂流記の魅力 97 漂流記の魅力

吉村 昭 著
新潮新書
歴史ノンフィクション

投稿人:cave ☆ 03.05.25
コメント:江戸期の海運・遭難を学びつつ、歴史漂流小説一編が読める!。


 著者自ら「とりつかれた」と表現する、日本(江戸時代)の破船・漂流の記録。著者はこれまでに6編の漂流を題材とした小説を書いておられるが、本新書は、その(中間)総決算ともいうべき書物である。少し前に「アメリカ彦蔵」の感想文を投稿したところだが、小説としてだけでなく、著者の漂流に関する考察も纏められているので、ジャンルからいえば重複するのだがあえてお勧めしたい。

 著者は、日本には海洋文学が存在しないと言われていることに、強く反発している。江戸時代に難船・漂流した水主たちは、様々な流浪の果てに故国に帰還すると、当時鎖国政策をとっていた幕府奉行所に犯罪人として取り調べを受けた。その聴取記録に着目し調査してみると、それは十分に日本独自の「海洋文学」と読んでよい遠洋漂流記であり魅力的なドラマであると語る。本書では第一章を「海洋文学」と題し、同じ島国でありながら、海洋文学の盛んなイギリスと日本の比較や、当時の外洋船の構造の違い、また遭難時の状況や対処の方法、救助されてから帰国するまでのいきさつなどを解りやすくまとめてある。

 そして第二章からは、石巻から江戸に向かう途中で暴風雨に遭遇、破船漂流した「若宮丸」(乗員16名)がアリューシャンの島に漂着し、シベリアを横断して皇帝に謁見後、4名がバルト海を出港、ホーン岬を回り図らずも日本人最初の世界一周航海ののち長崎に帰国した。この聴取を記録した『環海異聞』をもとに、おなじみ歴史ドキュメント吉村節が淡々と語られる。他の漂流小説と趣が異なるのは、本新書には関係図版などが添付されているところである。しかしこの章、氏の一冊の漂流物と思って読んでも全く遜色はない。

 最後の章では、著者の取材のようすや心境、また漂流についての、日本における研究の実情などが簡潔に纏められている。江戸期の海運の技術・状況や遭難の実態を学びつつ、氏の「漂流小説」の一編が読めてしまう本書は、この筋に興味のある読者には誠におトク感のある一冊と言えよう。


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