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密命 見参!寒月霞斬り

密命 見参!寒月霞斬り 67 密命 見参!寒月霞斬り

佐伯泰英 著
祥伝社文庫
時代小説・剣豪物
※2007.6より巻之1〜以下新装版が刊行された
投稿人:コダーマン cave追 ☆☆ 02.01.16
コメント:剣豪小説とはこういう物なんですよ!


 「密命」という大きな題に副題がついて3冊。その後「密命」が副題に回って、「刺客」・「火頭」という大きな題がついたのが2冊。2001年の秋までに、全部で5冊がシリーズで並んでいる。4冊目の「刺客」の面白さの質が落ちるけれど、今どき時代小説の中の剣豪小説がこんなに楽しかったと見直させる力と、娯楽性を見せてくれて、大喜びの連作物。2作目以降は、以下の通り。

・密命 弦月三十二人斬り  
・密命 残月無想斬り  
・密命 刺客・密命 斬月剣  
・密命 火頭・密命 紅蓮剣  

 池波正太郎さん、藤沢周平さんという時代小説の大きな柱を失ってから、連作物の魅力的な主人公を探すことが続いているが、このシリーズは、かなりおすすめである。
 今時、「剣豪小説」を読んで面白がれるものか、という思いは私自身にもあるのだが、読み始めてみると、面白い。中身は時代劇でも、話は今の興味のありどころを基準にしているわけで、話が実に良くできている。時代劇の本道を直線的に進んでいながら、みごとというべき腕前。
 いわゆる嵌めもので、吉宗の時を中心に、上手にはめてある。吉宗といえば、大岡も出てくる。
 豊後にある小藩の侍が主人公。真面目で純情、殿様に尽くす気持は満々。藩の右筆に就くのだが、あまりにも字が下手でその役目を降ろされたという人物。そのせいで長く「金釘流」と呼ばれることになる。
 剣の腕前は(当然)抜群だが、藩の指南役を決める試合で負けてしまう。それも、情の人故の敗北。ところが、負けても、その人物を買われて指南役に押されてしまい、かえって藩内でいぶかしがられる結果になり、指南役を返上している。
 どうも先行きが暗いが、ある秘密を共有していることで若い殿様の覚えめでたいし、藩のために力を尽くす侍であることは誰もが認めるところ。しかし、藩においたままではもう活躍どころがない。藩の仕事で江戸まで出向いたとき、江戸家老に秘密の仕事を持ちかけられるといった塩梅。持ちかけられる、が、命令である。ご下命。藩を救うための秘密の仕事、を承知することになる。
 第一作目は、お家騒動。若くして家を継いだ藩主を降ろして、自分が藩主になりたいという親族一派が仕掛けてくる罠を避けなければいけない。罠を避けるだけならまだ簡単だが、不祥事が起きた場合それが表沙汰になると藩の存続が危ないということがあるので、解決策そのものが難しいのである。何事も表沙汰にしてはいけない。親族一派が脅しの材料に使おうとしている物を相手に渡さないようにしながら、それを幕府に見つけられないようにしなければいけないというのが、話のハラハラと面白いところ。
 そのために自在に行動できるよう、脱藩したことにして動いてくれと、江戸家老に頼まれて、殿と藩のためだと承知する。そう頼んでいながら、藩は、裏から生活費を入れてくれるということもしないので、苦しい。本当に藩を抜けたと思わせるためには、周囲が真実だと思うようにしなければ、というのは理屈だが、冷たい。
 それでたまたま見つけた仕事が、火事の始末屋である。
 火事を消すのは火消しで、その後の火事場を片づけ、焼け残った木材を運び出し焼け跡をきれいにして、できるだけ商売再開を助けるという一団。それ自身も商売である。そこにやっかいになる。
 この仕事が江戸時代本当にあったものかどうか、わからないが、もっともらしく書いているところが小説のいいところである。焼けた瓦などを始末して、半分焼けた木材などは適度に切って風呂屋に売るなど、火事があった場所ですぐに家を建てられるようにしてやるというわけだ。火元の家からと別口の両方から金が入ることは入るのである。
 そこで生活を確保しながら、空き時間に藩のために動き回る。
 始末屋は、火事場に出かけるわけで、奉行所の人間とも関係ができる。火元になった大店からも人が来て「この度はお世話になって」と縁ができる、こうして連作物に必要な人物達が紹介されていく中で、主人公は必死に闇の仕事を果たしていくという次第。 
 ニヒルなところのない、正々堂々とした主人公。剣は強いし、情も深い。家族を大事にする剣豪、というのも変だが、もともとただ忠義に厚い武士というだけで、事情があって殿様のために必死に剣を振るうということなので、つい好意を抱くようにできている。
 どうも、ただの浪人ではないと、周囲の「重要人物」に読まれて、何人かには事情を話せるだけは話すことになる。もちろん、それならできるだけ「お助けいたしやしょう」ということになる。こうして、大商人、火消しの頭、奉行所の与力などなどに、力を寄せてもらえることになる。
 一作目の、お家騒動は、騒動を起こそうという一派が壊滅するわけではないので、二作以降もややくすぶり続けるという背景ができている。それで話が長持ちする。
 一作目ではなんとか藩を救うことができて、これで帰藩がかなうというときに、遠山奉行から「私のために働いてくれないか」と言われてしまう。もちろん、藩の方には遠山の方から話を通す、それに関しては「上様の了承も得てある」ということで、帰藩はできないが活躍の素地ができる。吉宗が藩主に話してしばらく、借りることになる。
 こうして小説は小説らしくなっていく。
 そして、吉宗の息のかかった遠山奉行から手を貸せと言われる理由は、尾張徳川が吉宗を追い落とそうとして悪辣で強力な行動に出ているということ。こうして、小藩の一人の武士が、天下のために裏の仕事をし続けることになる。尾張徳川は、誰であれ吉宗に反対の立場をとる人間を抱き込み、あらゆる方面から吉宗に陰謀を仕掛け、その地位を奪おうとするわけだ。こうして、遠山のために、ひいては吉宗のために剣を振るうという展開。しかし、日常は先に書いた始末屋の浪人で、長屋に家族と住むといったことになる。
 先に紹介した、鎌倉河岸捕物控の著者が書いている。最近は、時代小説といえばもっぱらこの人で、ほとんど外れないといっていいほど楽しませてくれる。時代小説好きには、「必読!」ではあります。



 一作目の「密命 見参!寒月霞斬り」を読みましたので、私の感想も付け加えさせていただきます。(cave)

 時代小説の大御所と呼ばれた方々の連作小説のような重厚さはないが、「今の」時流にあわせた新しい剣豪小説の「完成品」といえる。
 「鎌倉河岸捕物控」もそうだけれど、小難しさや深刻さをできるだけ排除してあり、そのことでエンタテイメントの部分がより浮き上がっている。テレビドラマ的な簡潔な構成に、魅力的なキャラクターを巧みに配してある。また、海戦シーンなど意外な展開も組み込まれており、それが物語のスケールを大きくしている。そのあたりは「隆慶一郎」の作品に通じるものがあるが、それでいて「軽く心地よい」のである。
 この「軽さ」が、この新しい剣豪小説のポイントだ。
 その軽さを考察してみると、ひとつの理由に「敵役」の情報量の少なさがあると思われる。隆慶一郎や池波作品などでは、こちら(主人公側)の場面と交互に、敵方の場面が同じぐらいの枚数を費やして描かれる。主人公の知らないところで敵方の謀略が進行してゆくところを読者は知らされるのである。それが危機感や深刻さを増すのだが、一方ストーリー展開が複雑になり進行の歯切れも悪くなってしまう。この作品ではその敵方部分がバッサリ略されている。読者は主人公と同じ情報しか得られないので自然に主人公に感情移入しやすくなり、そしてそのぶん主人公周辺のキャラクターの魅力に集中できるのである。ただその結果、おしなべて敵役が「弱く」「あっけなく」感じてしまうところはある。
 剣は強いが事務には不器用で、下町の長屋暮らしに溶け込めるような気取らない主人公と、次々につながりが出来てくるキャラクターがどれも魅力的。火事場の始末屋や鳶の組の頭取、有力札差の大旦那と鉄火な娘、上司留守居役の娘でもある料亭の美人おかみ、いわゆる「善良な」十手持ち、忍びの技術を持つ小者、腕利きの船頭と漁師、はたまた札差の飼い犬までが、細かく描かれ効果的に登場し、わくわくさせてくれるのである。この登場人物たちがどれも素晴らしい。

 本作は祥伝社文庫の書き下ろし作品ということもあり、あまり一般に知られていないのかもしれないが、「いまどき」の剣豪小説として非常に良く出来た作品だといえる。文壇の批評家たちはその「軽さ」の部分をマイナスとしているのだろうか。もっと高評価・認知されてよい作品だと思うのだが…。ぜひ一読をお奨めしたい。
 このジャンルの良い作家と優れた作品に新たに出会えたことが嬉しい(cave : 02.2.22追加)


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