パロマーの巨人望遠鏡 |
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86 パロマーの巨人望遠鏡[上・下]
デイヴィッド・O・ウッドベリー 著
岩波文庫
科学ノンフィクション
投稿人:コダーマン ☆☆☆ 02.09.09
コメント:いい時代のアメリカの「底力」の素晴らしさに感動する |
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書名の通り、パロマー天文台と望遠鏡建設の話。
ひっそりした本だけれど、今年の科学部門ノンフィクションのベスト3に入れていいと私は思う。「ひっそり」は、岩波文庫だからのいい方、特にこの一冊が広告されることもないだろうし、派手に取り上げる人もいないだろう、書評を発表する人もあまり期待できない。だから、私がというわけではなく、とにかく、いい時代のアメリカの、いい面がここに出ている。
ただし、この本の面白さを上手に伝える自信がない。誰が読んでも面白く、感動しそうな本だが、概略ではなく読んだ感想を書くのが非常に難しい本なのだ。
1930年代のアメリカ。それまでにも大型望遠鏡はつくられているし、天文台もあるのだけれど、200インチという、その時代では途方もない大きさの望遠鏡をつくろうという計画が持ち上がる。その望遠鏡を使って天文台をつくろうということになる。
この巨大な計画には、第一に金を出してくれる人が必要である。計画を正確に、科学的に進めていく力のあるグループも必要である。そして、それまでに一度も作ったことのない巨大な反射鏡を始めとして望遠鏡や天文台を実際につくる職人たちが欠かせない。
もっと遙か遠くの宇宙を見たい。見ることができれば、多くのことがわかる。地球の年齢や、宇宙の年齢、宇宙に果てがあるかどうか、重力レンズというアインシュタインの唱えた説は確かなのかどうか。などなど、宇宙への探求心がどんどん拡大していく。アインシュタインが実施に生きている時代なのだ。
それを満たすには、巨大な望遠鏡を据え付けた天文台をつくるしか手はない。
さて。
アメリカには「本当の」金持ちがいて、その人たちのところに寄附を頼みに行くことになる。一大学のレベル程度の予算では全然足りないのだからしょうがない。カーネギーだの、ロックフェラーだのアメリカを代表する金持ちのところへ頼みに行く。
この規模の金持ちのところには、寄附を頼みに来た者たちがその金で為そうとしていることがどういうことなのかをしっかり調査して、金を出すことが妥当かどうかを調べる部署があることを初めて知った。部署というか、そういうことを審査できる人間たちが雇われていて、科学的知識も充分持ち合わせている。
つまり「で、大きな望遠鏡ができて、これまでより遠くを見ることができるとどういうことになるのかね?」、「宇宙の起源がわかります」、「宇宙の起源がわかったところでどういう意義がある?」、「ええ、例えば地球の年齢がわかりますね、また、例えばこれまでに多く出てきた宇宙に関する理論のどれが正しくどれが間違っているかがわかって、天文学の進歩について大いに役立ちます」というような内容の、もっと高尚な話し合いがあるわけだ。で、その意義を理解して金を出してくれることになる。
実際は、いくらかかるかわからない遠大な計画ではあるが、「始め」を始めるためにも金は欠かせないということ。
こうして金をある程度用意して、天文台で最も重要な反射鏡の製作にかかる。この上下二冊の本の60%ぐらいが、この反射鏡製作の苦労話である。これが猛烈に面白いので、この本が止められなくなる。上巻と下巻にその話がまたがっているので、上巻を読み終えたあとは、下巻が出るのが待ち遠しかった。
それまでに大きなレンズを作った経験のある人だとか、ガラス工場で仕事をしたベテランだというような人材を集めようとしたのだが、結局は「若く、想像力が豊かで、これまで地上に存在したことのないものを作るのが面白い」という意欲に燃える人たちを集めて、訓練していくことになる。ここが、若きアメリカの時代らしい。
直径200インチ、5メートルものガラスの塊りを正確無比な曲面に作らなければならないので、経験者は「無理です」という思いが先に立ってしまう。磨ける人がいないの、ガラスを鏡にする方法が見つからないのと問題が多い。
それでは困るので、やってみようじゃないかというリーダー、こういう方法があるとアイデアを出す人、こんな手ではどうなんだ? とさらに考える人物、こうした人たちがガラスに挑み始める。また、いつの日かガラスを扱う工員になりたいと個人で学習をしてやってくる者もいる。こうした人たちが、情熱を傾けて巨大な反射鏡づくりに挑む。
しかし、溶けたガラスを型の中に流し入れて固まり始めると、割れてしまうのだ。どうしてもうまくいかない。巨大さ故に問題が多い。
この本を読んでいて、ガラスという物質の特性に驚くことが多かったが、ゆっくり上手に冷やしていかないと外側と内側の温度差でひびが入ってしまうというのだ。だから、ある程度の大きさのガラスの塊りになると周りの温度(室温)を上げておいて、全体をゆっくり冷やしていくという方法しかない。反射鏡が大きいので、これに1年近い時間がかかってしまう(もっとだったか?)。
ガラス工場で反射鏡の製作に挑み、失敗を繰り返している間に、天文台をどこに作るか、天文台の設計そのものをどうするかという話が並行して進んでいく。
せっかくの巨大望遠鏡の性能を活かすためにはどこに据え付ければいいか、できるだけ多くの天文学者に都合のいい場所で、天体観測にも向いている場所ということで探し始める。また、これまでにない天文台の規模なので、今までのような考え方でただ規模を大きくしてもどうにもならないことが多く発生する。
日中、太陽に照らされて温度が上がり膨張していた天文台や全ての機材が夜になって冷えて収縮して、安定する。その膨張から収縮までの時間は望遠鏡が使えないということも初めて知った。また、地球上でもっとも天体観測に好条件の場所を選んだにしても、天候や、大気の揺らぎなどで、天文台というのは案外使える日が少ないものだということも教えてもらった。
失敗を繰り返し、予算がなくなって、追加予算も必要になるがなんとか巨大なガラスの反射鏡ができる。反射鏡の元になるガラスの塊りができる、というのが正解。ガラスを磨いて曲面を均一にする必要があり、さらに鏡にするためにアルミの霧を吹き付けて、反射「鏡」にするのである。
この鏡を磨く作業は手作業。100分の数ミリを目と手で確認して、そこを必要なだけ磨く職人が、アメリカにもこの時代にはいたのである。それが、味わい深かった。磨き、拭き取り、また磨く。手作業で仕上げていき、天文学の面から期待されている正確さの検査をしては鏡を仕上げていく。
こうして、世界最大の反射鏡ができて、国家的な話題になっていくに従って、マスコミと市民がこの新しい挑戦に興味を持って来る。マスコミはニュースにしたいし、市民は製作の現場を見たい。アメリカ全体の理解を受けて、国家的な動きにした方が資金を寄附してくれた組織に対しても面目が立つのだが、微細な埃がつくだけで磨きに影響してしまう研磨作業なので、見学者などは来て欲しくない。そうしたことをなんとか調整しながら、部品ができていく。
場所も、パロマー山の頂上に決まるが、ここの土地を所有している人がいたり、麓から頂上まで道が通じていないということがわかったりして、大工事が必要になる。馬しか通れなかった道、それも途中までしかなかった道を通って、世界最大の天文台の機材をバラバラにして運びあげることになってしまう。その運び上げ作業を続けながら道をトラックが通れる幅に広げていく。
一方、なんとかでき上がった200インチの反射鏡をつくった工場から、パロマー山の麓まで大陸を横切ってゴトゴトと汽車で運ぶことになった。反射鏡自体を丁寧に梱包し、その全体を衝動から守る工夫をして低速で運ぶ。そのために他の列車の運行を調整し、全行程をチェックして低いトンネルにぶつからないかを調べて、一部行程を変更したりしてカリフォルニアまで運ぶ。
天文台の方も、これまでにない重さの反射鏡を抱えた望遠鏡を自在に動かし、できるだけ広い夜空をカバーできるようにするにはどういう設計をすべきかの会議が繰り返され、模型がいくつもつくられる。
そうして、パロマー山の頂上に天文台の建設が進み、望遠鏡もでき、その施設で必要になるものを工作する工場もそこに建設、いよいよ機材の全てを頂上に運んで天文台にしようというところまで来たときに、日本が真珠湾を奇襲するのである。
設計に携わった人々も、機械の工作に携わった人々も、計画を推進してきた人々も全てが対日本の戦いに参加するために、天文台の仕事から離れることになる。
こうして、パロマー天文台の完成は太平洋戦争後まで伸びてしまう。
その間、一貫して世界最大の天文台をつくる意志を貫いた人々の報告、それがこの本である。
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