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文庫本読書倶楽部
88
狩りの風よ吹け

狩りの風よ吹け 88 狩りの風よ吹け

スティーヴ・ハミルトン 著
ハヤカワ・ミステリ文庫
海外ミステリ

投稿人:cave ☆☆☆ 02.12.05
コメント:海ミス界の「山本周五郎」と呼んでしまいたい無恥無謀な私。


 スティーヴ・ハミルトンの「私立探偵アレックス・マクナイト・シリーズ」の第三作目である。前作「ウルフ・ムーンの夜」は当コーナーNo.26でコダーマンに詳しく紹介していただいている。主人公の生い立ちなどは、ここでは割愛させていただくのでそちらを参照ください。

 わたしは、熱心なミステリファンとはとても言えないし、どちらかというと苦手にしているほうかもしれない。主人公のキャラクター像を、頭の中でヴィジュアル化し、これも知識の中で想像して勝手に創りだしたフィールドのなかで動かしながら、物語をゆっくりと愉しむという読み方がクセになっているので、多数の、複雑にうごめく登場人物中から犯人を想像してゆくという作業は面倒だし、だいたい外国人のカタカナの名前はすぐにアタマのなかで混ざり合ってしまい誰が誰だか分からなくなってしまう。
 そんなもので、ミステリの感想文を書くとなると、「良かった」という印象が残っているばかりで、文章にできないことがほとんどだ。当欄でわたしが取りあげている書籍のジャンルがノンフィクション系に著しく偏っているのはそういう理由である。ま、つまりアホなんですな。
 そんなわたしがあえて今回取りあげたのは、他サイトなどでレビューを読んでみると、本作を評価しているミステリファンが少ないように見受けられた。のんびり前述のような読み方をしているわたしには、とても素晴らしい作品に感じられたものだから、ここは、ええい!と紹介してしまうわけである。

 主人公は、警察をやめてミシガンの薄ら寒い田舎町に引込んだ、ツキの無い、どちらかといえばショボクレた中年だが、いい人間なのである。飛び抜けてタフな訳でもなく、できれば面倒なことに巻き込まれたくはない、ひっそりと暮らしていたいと思っている男。つまり、不景気のなか元気のない中年読者が感情移入しやすいキャラなのである。馴染みの酒場があり、店主とウマが合っている。嗜好にも頑固で、カナダ産のビールしか飲まない。そして、元マイナーリーグの捕手だったという、男心をくすぐる経歴の持ち主でもある。
 今回は、マイナーリーグ当時バッテリーを組んでいたサウスポーの投手がふらりと現れたところから始まる。彼は、その後運良くメジャーに昇格したが、初登板でいきなりメッタ打ちにされあえなく球界を去ったという設定。二人の昔のエピソードを踏まえた会話は、中年男性読者の心を熱くときめかせる。しかし、こういうスポーツ絡みの味付けの妙といったらアメリカの作家は抜群に上手いね。
 その元投手がこの物語の掻き回し役で、ホームページで探し当てた旧友、「探偵」アレックスに昔の恋人探しを依頼することが発端だ。この「探偵」も主人公が望んでいる職業ではなく、そっち方面の相棒が勝手に事務所名を連名にしてしまったからついている肩書きだ。そういうわけで、他人から見ればちょっとぼんやりした普通のいい人なのである。ただし、正義感が人一倍強くなくては務まらない稼業なので、イザとなれば逞しい。その探偵の相棒と、野球の元相棒との友情を軸にして事件が進んでゆくのだが、そのあたりのことはここには書かない。

 文章が、すこぶる上品で、しっとりと落ち着いていて好きだ。また米ミシガン州の湖畔の荒涼とした風景が想像され、物語に趣が加味される。特筆したいのは、会話のすばらしさ。とくに主人公が質問に対してぶっきらぼうに簡潔に答える科白が、これが全部たまらなく良い。また、饒舌な元相棒投手のジョークの言い回しがこれまた絶妙。

 ミステリ全般がエンタテイメント性を強め、すぐ映画の脚本になりそうなバタバタした造りに仕上げられる傾向にあることに、ややウンザリしだしているわたしにとって、ハミルトンの本シリーズは、極端に言えば「山本周五郎」を読んでいるような心持ちで読める希有な海外探偵小説なのである。おすすめ。
(ただ、カバー裏にある著者近影のトッド・ラングレン風面長顔ちりちり髪は、どうも作品のイメージとそぐわなくて違和感があるのだが。)


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