じっと観察していると、はさみが少し動いた。どうやら元気なようだ。写真を撮った後、穴の上に元通り水入れで蓋をした。
撮った写真がボケていたので3時間後、再び覗いてみると、抜け殻の形が変わっている。
やはり、脱いだ殻を少しずつ食べて栄養を補給しているようだ。
前回、細か目の砂では穴が擂鉢状になってしまい、潜りにくいと書いたが、横穴を掘ってゆき、陶器の水入れを屋根にするとは、ヤドカリもよく考えたものだ。感心した。
下の写真は潜る前に撮影したものだが、このうつろな視線は、脱皮の算段をしている眼だったのだ。
失敗すなわち死である。結構な覚悟が必要であろう。
脱皮…、いったいどんな感じがするのだろうか?だんだん身体がムズ痒くなってきて、動かなくなってくる。そして失敗すれば死に、脱皮中を襲われれば喰われてしまう。
その大事業に望む、うつろな視線…う〜ん深い。
昔、酒場の馬鹿話しで、人間の女性に生理というものがあるように、男には『脱皮』があったら面白いのではないか、という提案をしたことがある。
酒場ではこのテのネタはイメージがどんどん増殖していくもので……
「オヤ、caveさん。顔色が悪いですよ、大丈夫ですか?」
「なんか、来たみたいです。」
「え、ああ脱皮、ですか。」
「…去年の暮れに、あったんですがねえ。」
「それは、少し不順気味ですね、それで、どんな具合ですか?」
「あ、左手の小指はもう動かなくなって来ました!」<
「そりゃあ、急いだほうがいいですよ。危ない。救急車、呼びますか?」
「いや、三丁目の『脱皮カプセル』に行きますよ。ポイント貯まってるもんで…それに入院すると高く付くし。」
「じゃあ、脱皮休暇届け、私が出しといてあげますから、急いでください。そろそろまばたきも苦しそうじゃありませんか」
「あの…女房には内緒にしといていただけますか?」
「え、どうして?心配なさいますよ。」
「いや実は、先週、脱皮を口実に一週間、コレと温泉にいっちゃったもんでね。」
「ああ、あの有給、そうだったんですか!」
「すびばせん…どろじくおべがいじばず」
「ああ、固まってきちゃった!caveさん、caveさん!お〜い担架だ、誰か担架を〜!」
オカヤドカリのうつろな眼には、脱皮に臨む男の哀愁を感じる。(ウチのは雄か雌かは分かってはいないのだが)
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