おかやどかりの飼育
27話
ヤドはどれほど賢いか
↑貝殻が小さいんだが、大きいのがどうもしっくり来ない。
(04.03.26撮)
前回のレポートから4カ月以上も経ってしまった。やもめの「ヤド六」は、あいかわらずゴソゴソと動き回り元気でいる。こちらもずっと観察はしているのだけれど、なにせ一匹だけなので、そうそう変わったことをしてくれるわけもなく、ま、息災であればいいやとサボってしまった。わが家にやってきてから5度目の冬越し(前回タイトルに「6度目」とあるのは、大きさから推測して、来宅前に少なくとも一度は経験済みであろうと)を無事終えた。今回の潜り期間は03年11月1日から12月9日まで。通常はだいたい1カ月くらいなのだけれど、やや長めであった。冬の寒さ凌ぎも兼ねての長潜りということだろう。小さい頃は年に3〜4回ほどは脱皮していたように思うが、成長したせいか、ここのところは年に2回くらいのペースに減ってきたようである。今回、初めて「細かな」砂のスペースを選択して脱皮したが、どちらが好みなのかはよく解らない。大潮前後になると、脱皮でもないのにやたら砂を掘り返し、1〜2日だけ潜って出てくることが多いのだが、そのときは粗目のサンゴ砂スペースにも潜るので、砂の質で選んでいるようには思えない。たぶん居心地の良い「穴」が作れればそこに落ち着くということだろう。例年、お正月は脱皮のため砂中でむかえるのだが、今回はクリスマス前までに済ませてしまい、以後今までずっと地表をウロウロしているというわけだ。
さて、今回のタイトル「ヤドはどれほど賢いか」だが、先述したようにウチの陸ヤドはヤド六(多分ムラサキオカヤドカリ)一匹のみである。なので、正しくは「ヤド六はどれほど賢いか」ということになるが、陸ヤドカリを飼育しておられる皆さんの愛ヤドと比較して、ヤド六の馬鹿さ加減を喜んでいただければ幸いだ。ま、ウチには海ヤドのユビナガホンヤドカリが多数生息中なので、五官の機能を中心に、そいつらと比較して面白がってゆこうと思う。
↑ヤド六の複眼。どういう見え方をしているのだろう。
オカヤドカリが憎めないのは、なんといっても「眼」がトボケた味わいを持っているからだと思うが、この、抜けた歯の先にチョンと漆を塗ったような眼柄。これ昆虫と同様の複眼らしいが、外見はいかにも安普請で、性能が良いとはとても思えない。さてどういう見え方をしているものか。ヤド六はかなりの憶病者で、常にビクビクしているが、音をたてないようにして急に目の前にモノを近づけると、ビクッと反応して後ずさりするか貝殻に引っ込む。ところがゆっくり近づけた場合は10cmほどまでは平然としているので、どうやらあまり良く見えていないようだ。水槽を覗き込むとき、顔の動きを素早くすると、驚いたような反応をする。この場合は距離があるのに、なんらかの異変は察知しているようなので、塊としてか、もしくは明暗の差を感じ取っているようだ。音にも少し反応するが、こちらもかなり鈍いようである。「耳」にあたる器官があるのかどうかは知らないが、多分触角で空気の振動を感じ取っているのだろう。水槽外で発した音に関しては我関せずの場合が多い。
「鼻」。においだが、嗅覚については第一触角で感じ取っているとある。眼の下の内側にある花の雄蕊のようなかたちの短い二本である。餌を摂るとき、確かにこの触覚をこまめに動かして触れているが、こいつもあまり性能が良いようには見えない。ヤド六が最近お好みなのは金魚用の水草で、これはかなり青臭い臭いを発するが、距離が3cmも離れると、もはや気づくことができないようである。海のヤドカリは水面に餌が投入されると同時に大騒ぎになるので、水を媒介して臭いを敏感に察知できるようだ。進化の通説から言うと、水中から陸上へ生活圏を拡げたというのが一般的(まあ、クジラはウシが水中に戻ったという説もあるが)だから、陸ヤドのほうが進んだ生物であるはずだが、空気を媒介して伝わる臭いに関しては、まだ水中のような感覚で察知するに至っていないということのようだ。
第二触角は第一触角の外側にある二本の細長い、いわゆるヒゲ状のもので、これは空間センサーであるらしい。ヤド六が移動するとき、確かにピンと張りだして動かし、あたりのモノに触れながら進む。しかし濡れたガラス面に接近したときなど、結構ペタリとひっついてしまってもそう気にしている様子もないので、どの程度役にたっているのやら。海ヤドは、餌を食べているとき他の個体が近づいてくると、まずは第二触角だけをそちらに伸ばして距離を測り、いよいよ気に障るようだと食事を中断して、相手を追い払ったりするのだが…。ただ空間の認識に関してはヤド六に分があるようだ。海ヤドの場合、岩の隙間に体を入れたときなど、自分の背負っている貝殻の大きさを計算に入れないで挟まってしまい、抜け出せずにもがいていることが多々ある。万事休すると殻を捨てて裸で脱出するのだが、ヤド六は地面と流木の隙間などを通過するとき、普通の姿勢では貝殻がつかえてしまうような場合に、通る前から予め体を低くして匍匐前進し通り抜けるケースがある。このあたりの空間認識には感心させられた。
↑ハサミで千切って顎脚で挟み、口に運ぶ。
「口」は、第一脚(いわゆるハサミ)の内側にある、関節を持つ二本の長い顎脚の間にあるように見える。餌をハサミで適当な大きさに千切ると、顎脚で挟んでその間に運び、擦り潰すようにして食べているようだ。海ヤドの場合は、この部分が短かく細かな毛に覆われているようで、ペレットなどの餌をここに挟んではくるくる回転させて削るように食べている様子がみえる。この器官で味覚を感じているのかどうかはわからない。ヤドに訊いてくだされ。わたしの手元にヤドカリの口の構造に関して触れている資料がないので、酔眼で見える範囲のテキトーな観察である。
「皮膚」というか、甲殻類なので固い殻で覆われているのだが、ヤドカリはこの分厚いハサミや足にも感覚を有しているようだ。ヤド六を行水させた後、砂の上に戻してやると、濡れた足に砂粒が付く。どうもこの感触がお気に召さないようで、すぐさま触角や他の脚を使って、付着した砂粒を払い落としにかかる。けっこうデリケートであるようだ。海ヤドも満腹で岩の上にいるようなときには、よく脚やハサミの手入れをしている。ヒトのおっさんのかかとの角質化した部分が、ほとんど無感覚になっているというに、あんな固い殻についた砂粒が気に障るとは。大したもんだ。
ヤド六と海ヤドを比較観察していると、やはり陸に揚がったヤド六に一日の長があるように思える。生物が犇めく海中は敵や危険が多い。海ヤドの喧嘩を見ていると、貝殻に引っ込んでも、ハサミを突っ込まれて引きだされてしまう場面にしばしば出会う。陸ヤドのようにハサミでぴったり蓋ができないし、皮膚も柔らかい。そんなことで脱皮も瞬時に済ませて危険を避けているようだ。水中にいる利点は水を介して感覚を察知しやすいことと、敏捷な動きができることである。陸ヤドはまあのんびりしている。海中に比べて陸上は危険が少ないのであろう。鳥や獣に襲われるにしても、その数は海中の敵よりは断然少ない。感覚と敏捷性を犠牲にし、がっしりとした甲殻と貝殻の鎧を得た。ただ、ちょっと貝殻に頼りすぎのような気がするが。陸ヤドのマヌケなところは、引っ込んでハサミで蓋をしてしまうと、眼も触角もつかえなくなるところであろう。もう大丈夫だと判断して顔をだしても、辛抱強い敵はじっと待っていたりして…。
陸ヤドに、経験による記憶や学習効果があるのだろうか? どうも怪しいが、ヤド六に関して言えば、他の場所から自分の水槽に戻されると、こころもち落ち着くようではある。流木の陰の砂地に自分で浅い窪みをつくっていて、常にそこに座り込むことが多い。また、飼育しだして1,2年は、やたら脱走を試み、実際に成功していたのに、最近は蓋のガラスが大きく開いていても、あえて外に出ようとはしない。メンテの時に別の仮容器に入れると必死で脱走を試みるのだが…。外界はロクなことがないと認識して無理はしないことに決めたのだろうか? それとも単に現オカヤド舎の居心地が良いというだけなのか。
←最近は、ベジタリアン化しているヤド六。金魚用の水草ばかりガツガツ喰っている。煮干しや肉類にはあまり興味を示さない。年寄りになったのか? においを感じるといわれる第一触角を水草の方に真下に向けている。
(04.02.29撮)
←大人しいときは、この体勢で半日以上じっとしている。いちおう眼であたりを確認できるようにしているということか。触角もハサミの間に畳んだまま。頬被りの田吾作スタイルだ。ショボン。
(04.03.28撮)
←元気がないなあ、とエサを入れたり、霧吹きをしたりしてやると、異変を感じるのか、眼と触角を出してあたりの様子を探りはじめる。
←昨年暮れの脱皮後、また大きくなったので、現貝殻には完全に隠れることができなくなってしまっている。ひとまわり大きな貝殻を入れてあるのだが、お気に召さないらしく、宿替えしても2,3時間で元の貝殻に戻ってしまう。
(04.03.26撮)
←ヤド六はいつもかなり執拗に貝殻のチェックをする。外側内側を回しながら何度も調べて、なかなか試しに替わってみることをしない。几帳面&臆病なやつだ。
↓これは前回の脱皮終了直後のヤド六。クリスマス前だった。
(03.12.21撮)
2004/03/29 (Mon)
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