ぼやテツVol.9は、また妄想編です。実家の亡父のアルバムから、ちょいと気になった写真を拾ってきました。下の写真であります。まあブツは乗合馬車なんで、鉄道じゃないんですが、いちおう「輪っか付き」ということで。

まず最初は、乗合馬車というワードをメインに、三重県の伊勢神宮周辺の公共路線交通のスジで検索したのですが、ひっかかりません。まあ明治大正ならともかくも、昭和30年ですから、鉄道・バス網も発達していますしねえ。それで、写真をよ〜く見ましたところ、どうも「鳥羽 松阪 津 方面 のりば」のカンバンは、この乗合馬車用のものではなく、鉄道か路線バスのものなんではないかと。ようするにここは駅前ロータリーなのではないかと。背景の空間もなんとなく駅の構内のような風情がただよってますしね。部分拡大↓

昭和50年代まで運行していたのであれば、あたしも見たり乗ったりしたことがあるのかもしれません。全く憶えてはいませんけれど。ほかのサイトやブログにも、「また馬と云えば伊勢市とか二見町へ行くと観光馬車があり、乗った記憶がありますが後ろの車に乗るので、馬の匂いが臭かった思い出があります(浜島町の紹介)」 、「おばあちゃんに連れられて山田上口駅から国鉄に乗り二見駅へ。そこから海水浴場までは歩いて行きます。賑わっていましたね。人々満載の観光馬車が走っていて、馬の糞が道の真ん中に所々に落ちていましたっけ(シェフの部屋)」などの記述も。どうやら写真は参宮線の二見浦駅(ふたみのうら えき/あたしら、ふたみがうら と言ってたけど駅名だけは読みが「の」なのね)の風景のようです。
そして、「観光、行楽の玄関口としての黄金時代は、昭和10年代であつたが、その最盛期には、駅前に人力車や馬車が常駐し、修学旅行の団体列車の入り込みも多かった/紀元2600年祭(S15)には連日団体列車が到着し、多客で賑わい、人力車2台、観光馬車5台が常駐していた(現場の素描二見浦駅)」あたりを読むにつけ、ほぼこの写真の素性が判明したのであります。
でもって、ついに決定的写真を発見!!コレ→「伊勢名物御福餅号(夏をあきらめて)」←ずっと下までスクロールしてね。やった〜パチパチパチ。
こんなくだらないことして遊んでる場合じゃないんですけど...ま、妄想なんでお許しを。