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暗がりの中、手近にあった板きれで土を脇によけ、石板の露出部分を拡げていた弥三は、その石の滑らかさに驚きつつ、まだ埋もれている部分に相当の大きさがあることを感じていた。
「弥三兄ィ、ほらよ、明かりだぜ」
「おう、すまねえ、ちょいとここいらを照らしてくんな」
留吉の持つ手燭の光が、石の露出部分を弱々しく照らし出す。
「ふうむ。俺は石屋じゃねえから良くは知らねえが、こりゃ結構上物の石に違げえねえな」 呟きながら、手にした板きれで石の表面を小突くと、コン!、と音が反響する。
「おい留、聴いてみな。こりゃ下ががらんどうになってるんじゃねえかい?」
「どれよ、もう一度叩いてみてくんな。...うん、うん、なるほど」
「な、小便の音が大きく聞こえたのはこいつのせいだぜ、だろう?」 もう一度敲く。
「はあ、...ねえ、う~ん、よくわかんねえ」
「にぶい野郎だな、じゃあてめえの耳で聞いてみろ。手燭をこっちに貸しな」
弥三と交替した留吉は、板きれで石をコンコン敲いて耳を傾けていたが、納得が行かないようで、おもむろに石の上に進んで両足でピョンピョンと跳ね始めた。
「兄ィ、なるほど。なんだか足によ、わーんわーんて響く感じがするな」
「だろ、こりゃ、ひょっとしたらお宝が埋まっているのかもしれねえぜ」
「え!お宝がかい。そりゃ凄えな!」 喜んだ留吉は、さらに高く飛び跳ねた。
弥三が止めさせようとする間もなく、足元から鈍く「むしっ」という音が生じて反響音は消えてしまった。
「おいトメ!止めねえ、止めろってんだよ!、ヘンな音がしちまったじゃねえか!」
「兄ィ。お宝ってのは、何かい、千両箱に小判がザクザクとかかい!うわ~い!」 留吉はまだ音の変化に気づいていないようで、嬉しそうに弥三に問いかける。
「シィーっ。馬鹿、大きい声を出すんじゃねえよ、まだお宝が埋まってるかどうかは分からねえ。だがよ、この石はどうやら葛篭のような箱の蓋みたいだぜ。よしんば中味が空でも結構上物の石だ。石屋に売りゃそこそこの小遣いにはなるだろ。不気味だが、なぜか今宵は長屋の連中が人っ子ひとりいやがらねえのが幸いだ。ブツが石ってのがちと難儀だが、首尾よく運びゃ俺とお前で全部頂ける。ま、俺の話を聞きな」
井戸端の暗がりでしばらくの間ひそひそと相談をしていた二人は、長屋に戻り、一枚の蓆と、土を除けるのに適当な道具を手にして、ふたたび石のところに戻ってきた。どうやら長屋の住人が誰もいない今のうちに、この埋蔵物の中味を確認し、あわよくば猫ばばしたうえ元通りに偽装して、次に石を売る機会を待とうという魂胆のようだ。さっそく二人は手燭の灯を吹き消して穴の左右に並んでしゃがみ、月明かりを頼りに覆っている土を慎重に掬い始めた。
「留公、おめえ、なんだか手の進みが遅せえなあ」
「だってよ、兄ィの小便が散々滲みた土だぜ。穢ねえから手に付かないようにして...」
「馬鹿野郎!何を言ってやがんでえ。ひょっとすりゃ千両箱だ。もっと急ぎな。連中が帰ってきたら事が面倒にならあ」
「そう言いながら兄ィだって、そろそろと端っこからやってるじゃねえか。何だよォ、手前ェの小便だろ」
「いや、さっきお前に、慎之介もここに小便ひってるって聞いたもんだからよ...」
「置きやがれ。それじゃあおいらと一緒じゃねえか...ま、なるだけ端の方から掘ろう」
ぼそぼそと掛け合いながら、暗がりで掘りだされつつある石板は、徐々にその全容を現してきた。それはよく研磨された黒御影の銘石のようで、差し渡しがおよそ四尺、奥行きは二尺少々はあるようだ。こんな貧乏裏長屋のどんづまりの浅い土中にあるのはいかにも不自然で、怪しい曰くつきの物件なのに違いあるまいが、欲に目のくらんでしまった二人の職人は手放しの大喜びである。
「おい、留公。こいつだけでも、安く見積もっても十両にはなるぜ」
「ひや~、ありがてえ。で、これが蓋でよ、中に千両箱がデン、デーンと。黄金色の小判なんか見たら目が潰れちまうかもしれねえなあ、おいら」
現金なもので、そう思ってしまえば、もはや小便のことなどどうでも良くなる。留吉は掘り残された中央部分の土を素手で一気に掻き取り始めた。
「ん?...弥三兄ィ。なんだか真ん中の方に、こだわる物があるぜ。」
「何だって、どれ、俺に触らしてみねえ。え、と、これか。う~ん。何だかここだけ石に彫りが入れてあるような感じだな。銘でも入ってるってことか...こりゃ場合に依っちゃあ、ますます値打ちが出るかもしれねえぞ。留、手燭だ。ちょいと見てみようや」
「合点、承知の介ってもんだ。ちょっと待ちなよ、火種、火種と」 小躍りするように手燭に火を点した留吉は、弥三の指し示すあたりに明かりを近づけた。
好奇を満面にして覗き込んだ二人の職人は、緩みきった笑顔の口だけはそのままに、目ン玉をひん向いて凍りついたように固まってしまった。
手燭の明かりに照らしだされたそこには、目新しい亀裂に中央を真二つに分断され、陰刻部にたっぷりと尿を溜め込んだ、「葵巴(あおいどもえ)の御紋」が厳然と出現していたのである。
つづく...の?
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暗がりの中、手近にあった板きれで土を脇によけ、石板の露出部分を拡げていた弥三は、その石の滑らかさに驚きつつ、まだ埋もれている部分に相当の大きさがあることを感じていた。
「弥三兄ィ、ほらよ、明かりだぜ」
「おう、すまねえ、ちょいとここいらを照らしてくんな」
留吉の持つ手燭の光が、石の露出部分を弱々しく照らし出す。
「ふうむ。俺は石屋じゃねえから良くは知らねえが、こりゃ結構上物の石に違げえねえな」 呟きながら、手にした板きれで石の表面を小突くと、コン!、と音が反響する。
「おい留、聴いてみな。こりゃ下ががらんどうになってるんじゃねえかい?」
「どれよ、もう一度叩いてみてくんな。...うん、うん、なるほど」
「な、小便の音が大きく聞こえたのはこいつのせいだぜ、だろう?」 もう一度敲く。
「はあ、...ねえ、う~ん、よくわかんねえ」
「にぶい野郎だな、じゃあてめえの耳で聞いてみろ。手燭をこっちに貸しな」
弥三と交替した留吉は、板きれで石をコンコン敲いて耳を傾けていたが、納得が行かないようで、おもむろに石の上に進んで両足でピョンピョンと跳ね始めた。
「兄ィ、なるほど。なんだか足によ、わーんわーんて響く感じがするな」
「だろ、こりゃ、ひょっとしたらお宝が埋まっているのかもしれねえぜ」
「え!お宝がかい。そりゃ凄えな!」 喜んだ留吉は、さらに高く飛び跳ねた。
弥三が止めさせようとする間もなく、足元から鈍く「むしっ」という音が生じて反響音は消えてしまった。
「おいトメ!止めねえ、止めろってんだよ!、ヘンな音がしちまったじゃねえか!」
「兄ィ。お宝ってのは、何かい、千両箱に小判がザクザクとかかい!うわ~い!」 留吉はまだ音の変化に気づいていないようで、嬉しそうに弥三に問いかける。
「シィーっ。馬鹿、大きい声を出すんじゃねえよ、まだお宝が埋まってるかどうかは分からねえ。だがよ、この石はどうやら葛篭のような箱の蓋みたいだぜ。よしんば中味が空でも結構上物の石だ。石屋に売りゃそこそこの小遣いにはなるだろ。不気味だが、なぜか今宵は長屋の連中が人っ子ひとりいやがらねえのが幸いだ。ブツが石ってのがちと難儀だが、首尾よく運びゃ俺とお前で全部頂ける。ま、俺の話を聞きな」
井戸端の暗がりでしばらくの間ひそひそと相談をしていた二人は、長屋に戻り、一枚の蓆と、土を除けるのに適当な道具を手にして、ふたたび石のところに戻ってきた。どうやら長屋の住人が誰もいない今のうちに、この埋蔵物の中味を確認し、あわよくば猫ばばしたうえ元通りに偽装して、次に石を売る機会を待とうという魂胆のようだ。さっそく二人は手燭の灯を吹き消して穴の左右に並んでしゃがみ、月明かりを頼りに覆っている土を慎重に掬い始めた。
「留公、おめえ、なんだか手の進みが遅せえなあ」
「だってよ、兄ィの小便が散々滲みた土だぜ。穢ねえから手に付かないようにして...」
「馬鹿野郎!何を言ってやがんでえ。ひょっとすりゃ千両箱だ。もっと急ぎな。連中が帰ってきたら事が面倒にならあ」
「そう言いながら兄ィだって、そろそろと端っこからやってるじゃねえか。何だよォ、手前ェの小便だろ」
「いや、さっきお前に、慎之介もここに小便ひってるって聞いたもんだからよ...」
「置きやがれ。それじゃあおいらと一緒じゃねえか...ま、なるだけ端の方から掘ろう」
ぼそぼそと掛け合いながら、暗がりで掘りだされつつある石板は、徐々にその全容を現してきた。それはよく研磨された黒御影の銘石のようで、差し渡しがおよそ四尺、奥行きは二尺少々はあるようだ。こんな貧乏裏長屋のどんづまりの浅い土中にあるのはいかにも不自然で、怪しい曰くつきの物件なのに違いあるまいが、欲に目のくらんでしまった二人の職人は手放しの大喜びである。
「おい、留公。こいつだけでも、安く見積もっても十両にはなるぜ」
「ひや~、ありがてえ。で、これが蓋でよ、中に千両箱がデン、デーンと。黄金色の小判なんか見たら目が潰れちまうかもしれねえなあ、おいら」
現金なもので、そう思ってしまえば、もはや小便のことなどどうでも良くなる。留吉は掘り残された中央部分の土を素手で一気に掻き取り始めた。
「ん?...弥三兄ィ。なんだか真ん中の方に、こだわる物があるぜ。」
「何だって、どれ、俺に触らしてみねえ。え、と、これか。う~ん。何だかここだけ石に彫りが入れてあるような感じだな。銘でも入ってるってことか...こりゃ場合に依っちゃあ、ますます値打ちが出るかもしれねえぞ。留、手燭だ。ちょいと見てみようや」
「合点、承知の介ってもんだ。ちょっと待ちなよ、火種、火種と」 小躍りするように手燭に火を点した留吉は、弥三の指し示すあたりに明かりを近づけた。
好奇を満面にして覗き込んだ二人の職人は、緩みきった笑顔の口だけはそのままに、目ン玉をひん向いて凍りついたように固まってしまった。
手燭の明かりに照らしだされたそこには、目新しい亀裂に中央を真二つに分断され、陰刻部にたっぷりと尿を溜め込んだ、「葵巴(あおいどもえ)の御紋」が厳然と出現していたのである。
つづく...の?