◯ 晩冬の兼題は「初旅」「つらら」「冬深し」です。
【初旅】
面立ちの似て初旅の母娘かな 天天天天地人 呑暮
初旅の供きめかねる書棚かな 天天天地人 芝浜
初旅や眼下に傾ぐ羽田沖 天地人 呑暮
バスが来るふと乗ってみる旅初め 天地人 菫女
初旅の車窓の富士に一礼す 天地人 喜の字
初旅や伊豆一湾の朝湯かな 天地 喜の字
旅慣れし人の初旅嚢ひとつ 天地 蝸牛
初旅が最期の旅人なりし父 天 蝸牛
初旅や自問自答を繰り返す 天 小波
初旅や句帖繰りつつ微睡みぬ 天 魯斗
【つらら】
大氷柱下がる山家や藁を編む 天天天 仲春
発つ時刻も知れぬ駅舎や軒氷柱 天天地地地 逆月
時を止め束なるつららや華厳滝 天天 風写
子も孫ももう住まぬ家軒つらら 天地人人 菫女
ごめんねは口の氷柱が消えてから 天地人 磨角
帰り道細き命の氷柱かな 天地人 即馳
居酒屋は旧い酒蔵軒氷柱 天地 酒倒
日の射して氷柱はしづく又落とす 天地 仲春
つらら折り武蔵小次郎通学路 天人 雪童
つらら見て山本リンダを口遊む 天 酒倒
てん一つ載せて待ちたや「つらら」の字 天 風写
【冬深し】
冬深し堰の水音封じけり 天天天天地人人 魯斗
分岐器に火の入る朝冬深し 天天天天地人 酒倒
何処からも見える市役所冬深し 天天人 魯斗
湯治場の名前呼び合う冬深し 天地地人 音澄
投薬のふたつも増えて冬深し 天地 喜の字
冬深し君と腕組む言い訳に 天地 蝸牛
酌み交わす備前のぐい呑み冬深し 天 磨角
冬深し老で賑わふ日帰り湯 天 菫女
つぶやき再録
★逆月さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
逆月です。みなさま今年もよろしくお願いいたします。
軽くつぶやきつつ、選句をいたします。
【初旅】
天 初旅の友決めかねる書棚かな
地 旅慣れし人の初旅嚢ひとつ
人 面立ちの似て初旅の母娘かな
天。何度も読み重ねた本にするか、買ったばかりの文庫本か、それとも・・・本当に決めかねます。
地。カッコいいですよね。上から下までさりげなく決まっていて、一番シャクなのがたった一つの袋。
人。「面立ち」という言葉、きれいな日本語です。音も、意味も。
【つらら】
天 大氷柱下がる山家や藁を編む
地 切っ先を眉間に感づ軒氷柱
人 学帽の手には氷柱の三銃士
天。ここに住んでいる人の頑なさ、好ましい頑なさが伝わってきます。
地。スキー場で骨折して、朝の旅館街を担架で運ばれたことがあります。その時、仰向けになった空に向かう視線の先に見えたもの。旅館の2階のひさしに下がった直径10センチはあろうかという氷柱の砲列。その鋭い切っ先は、直下にいる自分にっ真っ直ぐ向いていました。怖かった!!!
人。やりましたやりました、氷柱の剣は長くは持てなかったけれど、瞬間の美に満ちていました
【冬深し】
天 冬深し堰の水音封じけり
地 置物と見紛う三毛や冬深し
人 湯治場の名前呼び合う冬深し
天。「堰の水音」というのが堂々たる表現ですね。真冬の絶対静寂がここにあります。
地。動かない。絶対に動かない。踏んでも動かニャイ。三毛。
人。エコーが効いて湯気の空間を飛び交う声。目に見えるよう、という言い方をなぞるなら、「耳に聞こえるよう」だ。
★蝸牛さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
【初旅】
天 面立ちの似て初旅の母娘かな
地 初旅や地図指で行くカリブ海
人 初旅はまだ新しきお守りと
天、こういう旅姿はよく見ますね。姉妹のように良く似た母娘。お買い物に興味のないお父さんは、宿でお留守番でしょうか。
地、実際に旅に出ていない句なのに、夢があってチャーミングだなあと思いました。
人、初旅らしい初々しさがあって何だかわくわくします。
【つらら】
天 子も孫ももう住まぬ家軒つらら
地 学帽の手には氷柱の三銃士
人 銀竹やシュプレヒコール空に起ち
九州で育ったので、一度も本物のつららを見たことがありません。美しい写真を眺めて、昔から憧れていました。一応福岡にも、2月になると全部が凍って大氷柱になるという難所ヶ滝はあるので、いつか行ってみたいと思っています。登山靴が必要ですが。
天、雪国の、さびしい田舎町の静けさが伝わってきました。美しいです。
地、三銃士というところが、かわいいですね。わたしの弟も、昔「ダルタニヤーン!」と叫びながらチャンバラごっこをしていました。
人、つららのこと、銀竹とも書くのですね。透明感とまっすぐさが眩しい句です。
【冬深し】
天 何処からも見える市役所冬深し
地 日記には書くこともなく冬深し
人 置物と見紛う三毛や冬深し
天、高い建物のない小さな町の白っぽい風景が目に浮かぶようです。
地、寒くて動きが鈍ると、ただただ一日が過ぎて行くことってありますよね。実感。
人、うちの猫も一日トロトロしていますが外で過ごす野良さんは余計に動けないでしょうね。
★音澄さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
【初旅】
・初旅や自問自答を繰り返す 天
・初旅やだるまストーブに反るスルメ 地
・初旅を憶うばかりの寝床かな 人
「初旅に、どういう心境で、あるいはどこへ行くか」に興味をもって選ぶことにしました。私自身が、ワクワクしながら初めての町に向かった日々、正月一番早く出たのが7日、暮れは23日までの旅が一番遅かった。
一人バックパックを背負って、家から駅へ、電車でターミナル駅へ、乗り換えてまた電車、そしてモノレールで羽田。そこまでは一人なので、「また今年も旅を繰り返すかぁ」と思い巡らし、また、その日目的地で会う予定の初対面の人にどう話しかけようかと苦慮する、そういう感じが実感できたので、自問自答の句を天に選びました。地味だけれど、気に入りました。
だるまストーブは、津軽鉄道かなぁ。列車の中にストーブがあるからね。
「寝床」は、病で伏せっているのではなく、怠けているというか「ああ、旅に行きたいなぁ」と少し冷めてきた布団の中にもう一度もぐる感じでしょう。どこへも行かない初旅の句もあるんだなと、選びました。
【つらら】
・つらら見て山本リンダを口遊む 天
・帰り道細き命の氷柱かな 地
・氷柱落ち貫かること夢想せり 人
参りましたね、リンダ。「もちろん」歴史に残るような句ではないけれど、へへへ、という句で選んでしまいました。「つららつららつらつらら」ってこちとでしょね。これは世代によっては、なぜ山本リンダかわからない場合があるでしょう。しかつめらしい句ばかりではなく、時にこういう句が欲しいと思っているので、これこれ、でした。
太陽が高く上り、気温が上がって来るとつららが融けて細く小さくなっていく。出かけて、帰ってくる頃にはつららの命が尽きる寸前、という感じがすっきり納得できての「地」。
軒からつららが落ちて、頭や肩に当たることが事実あります。雪国で、冬の間に気をつけることの一つです。玄関から出て、戸をしっかり締めようとした時の振動で、軒先のつららが落ちてくる。帽子をかぶっていない頭に太いのが落ちると一大事です。実際にけがをする人がいます。
「つららを口にしている句」がありましたが、屋根に降った雪が融けて固まった氷なので、汚いから口にしないものでしたよ。つららを鍋で溶かしてみればゴミが沢山入っていてギョッとします。細かなゴミが沢山。雨水を直接飲まないと同様の感じ。でもね、つららの太い部分の透明感に誘われますね。
【冬深し】
・投薬のふたつも増えて冬深し 天
・冬深し野良犬一匹黙殺す 地
・何処からも見える市役所冬深し 人
私の場合、増えた薬は一つでしたが、これは「春には、薬を減らせるように」と心掛けるようにする(はずの)ところに味があります。「あーあ、これものまなければいけなくなったか」。薬を服用しているから大丈夫ではなく、薬をのまなくてもいいようにしよう、じゃないとねぇ。湯のみの生ぬるい湯で、ぐっと首を反らしてのむ、と。
地の句、殺伐感があって、寒く不人情なので気に入りました。「野良犬」というと、長嶋茂雄伝説にこれに関した話があって、長嶋が立教大学の野球部にいる頃、後輩を連れて黒澤明作の「野良犬」を見に行くことになった。さて、長嶋さん、バスの中で後輩に向かい「今日の映画はノヨシケンという映画だ」と言ったという話。
小さな地方都市の市役所、こうなんですよ。無慈悲な灰色の建物で、NHKの支局には大きなアンテナが載っているのですぐわかり、それと同じぐらいの高さがある建物は市役所だけ。初旅ではないけれど、東京を出るときいくら調べてもわからないことがあって、それはその地に着いたら真っ先に市役所に行って教えてもらう、ということにしていました。そういう場合、地図を詳しく見るまでもなく、「あれじゃない?」と汚れた四角い建物を目指す。それが寒々しい市役所、ということが多かったのでこの句を選びました。
今回、自分の句も含めて、やや低調な気がしました。それでも、一つ一つの句を繰り返し読んでいると味のある句はいくらもあります。また一年、「しつこく」続けますから、素敵な句、秀句を目指して精進しましょう。