◯ 初夏の兼題は「空梅雨」「新じゃが」「黴」です。
【空梅雨】
空梅雨や痩せゆく馬の背骨かな 天天天天地 喜の字
涸れ梅雨や鹿の足跡ダムの底 天天地人人人 雪童
旅仕度着替えに迷ふ旱梅雨 天天地人人 魯斗
空梅雨や客の途切れぬ散髪屋 天天 音澄
寄り添うて空梅雨空に傘のゆく 天天 風写
空梅雨や屋半にうなる室内機 天地人 呑暮
空梅雨や青息吐息草の丘 天人 魯斗
空梅雨の空を飛び交うねずみ雲 天 風写
【新じゃが】
新じゃがと笑う八百屋の指太く 天天天人人人 蝸牛
新じゃがやクラーク像の指す大地 天天天 喜の字
新じゃがの如く小顔のエースかな 天天地 仲春
新馬鈴薯の土の匂ひの宅急便 天天地 魯斗
新じゃがや老母の黒い爪のあと 天天人人 山女
新じゃがも余る幼きたなごころ 天地地人 呑暮
新じゃがの如く僧侶の後頭部 天地 駒吉
新じゃがを茹でて湿度のいや増せり 天 菫女
【黴】
黴写真ウラに母の字覚書き 天天天人 魯斗
黴の香も値打ちと決めて古書漁る 天天地 魯斗
縷々尽きぬ女の話黴育つ 天地地地人人 菫女
黴臭の岩波文庫を初読みす 天地地 酒倒
黴くさき話たのしき同期会 天地地人 仲春
時たてば善男善女も黴くさき 天地人 喜の字
捨てきれぬ思い出詰まる黴カバン 天地人人人人 喜の字
まだ平気黴削る母恐ろしや 天人人 雪童
安下宿布団は黴て友不在 天人 芝浜
天の下青黴チーズが並ぶ市 天 菫女
この黴を飼うと言い出す男子かな 天 呑暮
とりどりに雨を語らうパンの黴 天 蝸牛
つぶやき再録
★逆月さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
さて選句といきます。当方、最近電車内の「静寂」が気になって仕方ありません。何しろ7人掛けの電車のシートの人すべて、その前に並ぶ吊り輪にぶら下がった人全て。一言も発しないで、指と目だけを動かしている。「シャカシャカシャカ」とは言わないが、あえて無音の音を探ればこんな感じか。心ここに在らずで小さな四角い電気紙芝居に没入している。親子もきょうだいも恋人も夫婦も同僚も学友も他人も、むろん前後左右にいるニンゲンも、一切目に入らず、関心を失っている。声を失い、会話を失い、耳を失い、意識も!?失っている。これでいいのかなあ。
決まり文句というのはあるが、「決め文句」というのはどうですかね。今回はなにか決定的な重量感、説得力、存在感のある言葉を備えた、ややおかしみのある句を選びました。
【空梅雨】
天 空梅雨や客の途切れぬ散髪屋
地 空梅雨に瘡蓋纏うトラクター
人 涸れ梅雨や鹿の足跡ダムの底
天は散髪屋。むろん「客の途切れぬ」がくっついての話。これは理髪店でもバーバーでも、むろんヘアサロンでもない。はげた不機嫌なオヤジのいる散髪屋であります。
地は「窓外」じゃなかった「霜害」でもない。ワードでは変換不能、の「瘡蓋」。
「着る」や「被る」ではなく「纏う」でキマリ。人は「鹿の足跡 」
【新じゃが】
天 新じゃがの如く小顔のエースかな
地 新ジャガに緩む財布や本バター
人 新じゃがのまろき陰ある厨棚
「小顔のエース」これは笑えます。地は「本バター」人は「厨棚」
【黴】
天 捨てきれぬ思い出詰まる黴カバ ン
地 かび生えぬ豆腐の角を試し食い
人 縷々尽きぬ女の話黴育つ
天の「黴カバン」は「旅カバン」と無理なくシンクロして、抜群の言葉感覚です。
地は「豆腐の角」、そして人の「縷々尽きぬ」。「縷」って黴臭い字だなあ。
★蝸牛さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
【空梅雨】
天 空梅雨や痩せゆく馬の背骨かな
地 空梅雨や夜半にうなる室外機
人 涸れ梅雨や鹿の足跡ダムの底
野菜や果物の農家が多い九州では、日照りが続くと悲鳴ばかりが聞こえます。
でも、テレビを見ているとビアガーデンが連日大繁盛! なんてニュースもあったりして。
今回、人の登場しない句ばかり選んだのは。
人間の都合で梅雨を語る日々に、わたし自身飽きたせいかも知れません。かく言う福岡も、ようやく無事降り出しました。
【新じゃが】
天 新じゃがやクラーク像の指す大地
地 蝦夷富士よおらはふもとの新じゃがだ
人 熱々の新じゃが山盛り母が呼ぶ
新じゃがは難しかったです。みんな大好きで分かりやすい食材だけに、そのままストレートに旨さの伝わる句が多く、それだけでは…?と迷いました(自分のことは棚に上げて・笑)。
天は即決!文句なしにかっこいい。
総じて大地を感じる句を選ばせていただきました。
【黴】
天 天の下青黴チーズが並ぶ市
地 黴の花隣のをんなのカンツォーネ
人 黴くさき話たのしき同期会
天、オランダ旅行の風景でしょうか。ハウステンボスが好きなので、すぐに絵が浮かびました。
この兼題で明るく爽やかな句が見られて嬉しかったです。
地、厳密には意味は分からないんですが、何だか忘れらない句です。バーカウンターで、隣りの女性が突然カンツォーネを歌い出すという妙な経験のあるわたしには、余計におかしくて。
★小間使いさんからのお知らせ----------------------------------------
俳句としての演出だとは思っていますけれど。
気になったのは、パンに黴が生えても「黴の部分をとれば」何とか食べられる、と思う句。食べないでくださいね。「黴が生えている」時点で、眼に見えませんが菌はパン全体に広がっていますから。餅もそうですよ。菌が全体に行き渡ってから、菌糸をさらに増やすために眼に見える黴になるのですよ。
まぁ、滅入る句会会員は、そう簡単に「死にゃぁしないでしょうが」。
東京新聞という新聞を購読しています。東京のブロック紙です。俳句欄があって、小澤實という俳人が選者の一人。この人が好きだということがあり、5月からmailでも投句ができるようになったこともあって、「できれば」日々投句してやろうと思って投句を始めました。なーに、日々はとても無理だとわかりましたけれどね。
それで先日の日曜日、俳句欄の句を読んで「似た句を作る人がいるもんだな」と真面目に思ってから、それにしても似過ぎていると思いなおして、作者の名を見たら、私の名前がありました。掲載するという連絡をくれないんだ、とわかりました。ということは、投句した人は毎週俳句欄をしっかり見なさい、ということだな、と理解しました。今日25日は、山本海苔の俳句欄の締め切り日。これまでに、喜の字さん、駒吉さんなどが一番になって「海苔」をもらっています。喜の字さんはもうずいぶんたくさん山本海苔を食べているはず。
ではでは 熱中症に気を付けて 小間使い