◯ 初春の兼題は「春寒し」「ほうれん草」「梅」です。
【春寒し】
春寒し唇に貼り付くハーモニカ 天天天天 仲春
円空の笑みほころべど春寒し 天天天地人 芝浜
春寒や光を待てず旅立てり 天地地地人 菫女
春さむを掻き消す競りや魚市場 天地地人 風写
春寒し鼻梁に遺志のデスマスク 天地 逆月
電車道葉も散りじりに春寒し 天人人 雨不埒
バスツアー足湯だけかよ春寒し 天 酒倒
春さむや恋するときは外に出づる 天 菫女
【ほうれん草】
菠薐草あらへば銀の露こぼる 天天天地地地 芝浜
ほうれん草幾たびの霜みどり濃く 天天天 山女
ほうれん草値札に驚きそっと置く 天天地 雪童
口げんか負けて奥歯のほうれん草 天天人 呑暮
婆の引く大きなリヤカほうれん草 天地 仲春
おつぱいのために大盛りほうれん草 天人 仲春
古戦場畑となりしほうれん草 天 喜の字
【梅】
老梅の一輪白し神籤結ふ 天天天天天地地人 魯斗
梅一輪咲いて昨日と違う空 天天地 喜の字
橋の名は古き村の名梅の里 天地地人人 魯斗
朝風呂やボイラーうなる梅の庭 天地人 呑暮
なりゆきのさかさくらげや梅香る 天地人 呑暮
梅一輪半径二寸照らしおり 天地 芝浜
梅が香や番いの鳥を払ふ鳥 天地 磨角
賞賛の葉書うれしき梅日和 天人人 逆月
つぶやき再録
★呑暮さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
【春寒し】
天 円空の笑みほころべど春寒し
地 春寒し少女唱える七の段
人 客人の残せし穴や寒き春
「天」はこれでしょうねえ。点が集中しそうだなあ、と思い、以前のわたくしならあえて避けたところですが、今年は素直に参ります。
「地」の「七の段」も共感を多く得そうです。寒いと舌がもつれるんですよね。
「人」は「デスマスク」
「光を待てず」と3句がぎりぎりまで残りましたが、「穴」にはまりました。何の穴? 残雪に残った長靴の穴かと思いますが、さて。
【ほうれん草】
天 菠薐草あらへば銀の露こぼる
地 ほうれん草十把絡げてサブウェイ
人 適当の難しきこと菠薐草
これもまた点が集中しそうだなあと思いましたが、今年は素直にいくということで「天」はこれ。でも、「こぼる」は文法としていいんですかね。いや、山陰の方言で「こぼれる」を「こぼる」と言うのです。「あ、醤油がこぼった」と使いますが、標準語に慣れた耳には違和感があるはずです。だもんで、文語だったらいいのかどうか、よく分かりません。
俳句にカタカナって、句が薄まりそうでなかなか難しいと思うのですが、「地」はその点、カタカナの持つシャープさが生きていますね。カッコいい。
「人」の「適当」、分かるなあ。茹でるのは30秒でも1分でもなくて「適当」なんですね。でも、50度洗いをするときは適当ではなくちゃんと50度にしましょう。
【梅】
天 老梅の一輪白し神籤結ふ
地 梅の香は道の始まり遠き旅
人 橋の名は古き村の名梅の里
またまたこれも点が集中しそうだなあと思いつつ、いや今年こそは素直にいくのだと自分に言い聞かせ、「天」はこれです。
なるほど梅は歩きながら見るものか、と思ったのが「地」。春は旅立ち、別れの季節ですが、やはり梅の時期に発つのがいいのですね。桜の時期になると花の下に腰を落ち着けてしまいますから。
「人」は最後まで「半径二寸」「万葉集」と迷いましたが、合併で消えてしまった村の名前が橋だけに残されている、その引きずり感が梅に合う。桜ならね、どんどん忘れていっちゃうのでしょうけど。
★音澄さんの選句とつぶやき-------------------------------------------
【春寒し】
・円空の笑みほころべど春寒し 天
・春寒や光を待てず旅立てり 地
・欠席の葉書また来る春寒し 人
【ほうれん草】
・ほうれん草幾たびの霜みどり濃く 天
・露地物に陽の甘味ありほうれん草 地
・口げんか負けて奥歯のほうれん草 人
【梅】
・梅が香や番いの鳥を払ふ鳥 天
・紅梅や老舗消える日見送りて 地
・朝風呂やボイラーうなる梅の庭 人
選句は上の通りです。
・春寒し五十の歳月面影探し
・春寒し唇に貼り付くハーモニカ
この二句、私の読み方では五七五にならなくて、特にハーモニカの句はいいなぁ、と思ったのですが抜けませんでした。破調の句があってもまったくかまわないのですが、ハデにやらかしてくれたなぁ、とね。どうしても「貼り付く」なんだよなぁ。
「ごじゅうのさいげつおもかげふかし」も、私には心地よいリズムで読めませんでした。
一方。
・母ゆずり赤根が好きほうれん草
この句は、五六五ですよね。これもリズムがとれなかった。これもほうれん草の根のところの赤い色が見えて、いい句だと思ったのです。「赤い根」ではいけなかったのだろうかと、考えました。
メロディなのかリズムなのか、判然としない私ですが、滑らかに流れないと、選びきれない癖があります。
ほうれん草は春だったんですね。ということで少し驚き、だから出題しました。日本の八百屋の店頭、いや、もう「八百屋」で買い物をしている人は少なくなったんでしょうが、季節感が失われた感をますます強くしました。
ポパイ、オリーブは「この句会」だからきっと出てくるだろう、でしたね。ポパイの相手のブルートをネタにした句はないかと思ったのですが、ありませんでした。川柳になってしまうかな。ブルートもほうれん草を食べればよかったのに、という俳句です。
梅の句は、上五に「梅一輪」と置いてしまうと、過去に名句があって、多くの人がその句を知っているとなると、難しいものですね。
・根こそぎに梅なぎ倒れ寂しけれ
「なぎ倒され」「なぎ倒す」など、この言葉は他動詞なので、自分から「なぎ倒れ」は変ですよ、きっと。
・春寒や口に含みし酔いざまし
この句、非常に気になりました。瞬間的に下五は「燗冷まし」ではないかと思ったのです、呑み介ですから。
いや、そうではなく、かなり飲んでしまって酔い覚ましに水を飲んでいるのですね。「う—寒い」という時刻に。
それとはまったく別の心象風景になってしまうのですが、春寒の日、夜に入って一人飲んでいて、酔ってしまい酒を飲む手が止まり、あれやこれや思い巡らし、思い煩い、どれ、とあきらめ悪くまた酒を口に含んだら、いかにも春寒の夜で、燗酒が冷えてしまっている。「まずいけど、人生はこういうもんか」という、侘びしく苦々しい風景。なんだか、酒じゃぁないですね。